25.訪問
《――は? 付き合ってる?》
澪は口を開けてエヌを見つめた。
エヌはにこやかな笑顔を澪の母親の千佳に向けたまま、心の声で答えた。
《それが、一番、妥当だろ》
エヌが繋いだ手を少し持ち上げる。
《日中に学校行かないで二人で会ってて、手を繋いでて、普通に考えて――友達って……ややこしくねぇか》
《……いや、そうだけど……》
澪は納得して唸った。
確かに、「友達」だと、「友達が手を繋ぐ?」「二人で学校サボって会う?」と母親の疑問が増えてしまう気がする。
「澪――、この一ノ瀬くん……という子は、あなたの彼氏なの?」
母親に聞かれて、澪はため息をついてうなずいた。
そういうことにしておこう。
「……うん」
母親はしばらく二人を見比べてから、口を開いた。
「あなたたちは、ここで何をしているの?」
ちらりと土手に広げられたシート、アウトドアチェア、クーラーバッグを見る。
《ピクニック……?》
母親の心の声に、澪は苦笑する。――確かにどう見ても、ピクニックの光景だ。
エヌが一歩前に出た。
《――どう説明すんの》
《まあ、俺に任せとけよ》
右の口角だけを上げて、エヌが澪を見た。
「ご心配かけてしまったみたいで、すみません。僕、澪ちゃんに、相談に乗ってもらってて」
「――相談?」
エヌは澪から手を離すと、土手に置いてあった自分のリュックを開けて、財布を出した。
中から学生証を出す。
「僕、ここの二年で、澪ちゃんと同学年なんですけど」
母親が学生証を覗き込む。澪も覗き込んだ。
『私立東京東高校 二学年C組 一ノ瀬 陽真』
と記載があり、エヌの顔写真が貼ってある。
《……本物?》
澪は瞬いてから、エヌを見た。
《当たり前だろ》
思わず学生証とエヌを見比べた。
本名も学校も、今まで隠していたくせに。
あまりにあっさりしていて、逆に混乱する。
《東京東――進学校ね》
母親の心の声が響く。
エヌの学生証の学校は、都内でも進学校として有名な私立高校だった。
《……少なくとも、不良ではなさそう》
母親の心のつぶやきをうけて、エヌは澪を得意そうに見た。
《な、肩書って大事なんだよ》
《……だったら、最初から言えばいいじゃん》
澪はばしっとエヌの背中をたたいた。
その様子を母親はじっと見る。
《仲は、良さそうね……》
それから、エヌを見た。先ほどより、表情が少し緩んでいた。
「――学校は、お休みしているの?」
エヌは「はい」と神妙な顔でうなずいた。
「澪ちゃんに、学校のことを相談してたんです」
母親は表情を和らげた。
《澪は通信だし――学校のことを聞いていたのかしら。――それはあるかもしれないわね。進学校は勉強も大変そうだし――なんだか、澪と同じで繊細そうな男の子だものね》
母親の心の声に、澪はエヌを見つめた。
《繊細そう……?》
《なんだよ。俺は繊細だと思うぜ》
《そう……?》
母親はそんな澪たちを見てから、またアウトドアチェアを見つめた。
《……ピクニックしながら?》
少し、疑われている。
エヌが澪の肩を小突いた。
《お前もなんか言ってくれよ》
《……わかったよ!》
澪はエヌの肩を小突き返してから、母親に向き直った。
「そ、そうなの。――一ノ瀬君が、私の学校のこと聞きたいっていうから、いろいろ話してたのね」
エヌが澪の手を握った。
《……いいね。“一ノ瀬君”。名前で呼ばないんだ、俺のこと》
《あんたの名前――さっき“陽真”って言ってたけど――》
澪は肩をすくめた。
《ずっとエヌって呼んでたし。変な感じだから。苗字で呼ぶよ》
《……そっちのがいい》
エヌの言葉に、澪は首を傾げた。エヌはとんとんっと澪の肩をたたくと、母親の方を向いた。――そっちに集中しろということだろう。
確かに、今一番優先すべきは、母親をどうにかすることだ。
《――最近、日中、出かけている様子なのは、そういうことだったの――》
《澪に彼氏が――しかも、進学校で、かわいい顔の子――》
《でも、学校についていけてない? 変な子なのかしら》
《そういうことなら、仕方ないのかしら。――高校生だし、サボることくらいあるわよね――》
《でも、ずっとだと、困るわ――》
納得したような、してないような雰囲気だった。
母親はそれから、はっとしたように顔を上げた。
《そうだ、お父さんにも連絡しなくちゃ》
《澪が家にいなくて、河川敷で位置情報がずっと止まってるって、焦って電話しちゃったから》
《心配してると思うし――》
澪はさーっと顔が青くなった。
自分が思うより、大事になっていたようだ。
《お父さんにも、連絡してたの!?》
母親は「ちょっと待ってね」と言うと、バッグからスマホを取り出した。
父親に連絡をするらしい。
シュポ、っと送信音がして、すぐに今度はシュポ、と返信の音がした。
その画面を見て、母親は止まった。
《どうしよう。――お父さん、彼氏を連れてこいって……》
澪は固まった。父親からそう連絡があったのだろう。
母親は困ったように視線を泳がせてから、エヌを見た。
《――エムの家、行ってもいいぜ》
不意にエヌが澪の手を握ると、これ見よがしな声でつぶやいた。
「――お腹が減ったなぁ――」
その言葉に、澪の母親は顔をぱっと上げた。
「ちょ、あんた何言ってんの!?」
澪は思わず声を出してエヌの肩を小突いた。
「いや、もう夕方だし……」
「まだ十五時だよ!?」
その様子を見て、澪の母親は目を細めた。
《澪が同学年の男の子とこんなふうに話してるなんて……嬉しいわ》
「――一ノ瀬君はどのあたりに住んでるの?」
「僕の家は、この近くです」
「――ご両親は、家にいるのかしら?」
「祖父母と暮らしてて、――二人ともまだ働いてて、家にいないんです」
《両親がいない? 複雑な家庭なのかしら》
《気になるわ……》
《お父さんも連れてこいと言っていたし……もう少し様子を聞きたいわ》
母親はしばらく逡巡したのち、澪とエヌを見て、言った。
「一ノ瀬君――今日は澪と一緒に、家で夕食を食べたら?」




