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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第三章 エヌとの距離】

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25.訪問

 《――は? 付き合ってる?》


 澪は口を開けてエヌを見つめた。

 エヌはにこやかな笑顔を澪の母親の千佳に向けたまま、心の声で答えた。


 《それが、一番、妥当だろ》


 エヌが繋いだ手を少し持ち上げる。


 《日中に学校行かないで二人で会ってて、手を繋いでて、普通に考えて――友達って……ややこしくねぇか》


 《……いや、そうだけど……》


 澪は納得して唸った。

 確かに、「友達」だと、「友達が手を繋ぐ?」「二人で学校サボって会う?」と母親の疑問が増えてしまう気がする。


「澪――、この一ノ瀬くん……という子は、あなたの彼氏なの?」


 母親に聞かれて、澪はため息をついてうなずいた。

 そういうことにしておこう。


「……うん」


 母親はしばらく二人を見比べてから、口を開いた。


「あなたたちは、ここで何をしているの?」


 ちらりと土手に広げられたシート、アウトドアチェア、クーラーバッグを見る。


 《ピクニック……?》

 

 母親の心の声に、澪は苦笑する。――確かにどう見ても、ピクニックの光景だ。

 

 エヌが一歩前に出た。


 《――どう説明すんの》

 《まあ、俺に任せとけよ》


 右の口角だけを上げて、エヌが澪を見た。


「ご心配かけてしまったみたいで、すみません。僕、澪ちゃんに、相談に乗ってもらってて」


「――相談?」


 エヌは澪から手を離すと、土手に置いてあった自分のリュックを開けて、財布を出した。

 中から学生証を出す。


「僕、ここの二年で、澪ちゃんと同学年なんですけど」


 母親が学生証を覗き込む。澪も覗き込んだ。


『私立東京東高校 二学年C組 一ノ瀬 陽真』


 と記載があり、エヌの顔写真が貼ってある。


 《……本物?》


 澪は瞬いてから、エヌを見た。


 《当たり前だろ》


 思わず学生証とエヌを見比べた。

 本名も学校も、今まで隠していたくせに。

 あまりにあっさりしていて、逆に混乱する。


 《東京東――進学校ね》


 母親の心の声が響く。

 エヌの学生証の学校は、都内でも進学校として有名な私立高校だった。


 《……少なくとも、不良ではなさそう》


 母親の心のつぶやきをうけて、エヌは澪を得意そうに見た。


 《な、肩書って大事なんだよ》

 《……だったら、最初から言えばいいじゃん》


 澪はばしっとエヌの背中をたたいた。

 その様子を母親はじっと見る。


 《仲は、良さそうね……》


 それから、エヌを見た。先ほどより、表情が少し緩んでいた。


「――学校は、お休みしているの?」


 エヌは「はい」と神妙な顔でうなずいた。


「澪ちゃんに、学校のことを相談してたんです」


 母親は表情を和らげた。


 《澪は通信だし――学校のことを聞いていたのかしら。――それはあるかもしれないわね。進学校は勉強も大変そうだし――なんだか、澪と同じで繊細そうな男の子だものね》


 母親の心の声に、澪はエヌを見つめた。


 《繊細そう……?》

 《なんだよ。俺は繊細だと思うぜ》

 《そう……?》


 母親はそんな澪たちを見てから、またアウトドアチェアを見つめた。


 《……ピクニックしながら?》


 少し、疑われている。

 エヌが澪の肩を小突いた。


 《お前もなんか言ってくれよ》

 《……わかったよ!》


 澪はエヌの肩を小突き返してから、母親に向き直った。


「そ、そうなの。――一ノ瀬君が、私の学校のこと聞きたいっていうから、いろいろ話してたのね」


 エヌが澪の手を握った。


 《……いいね。“一ノ瀬君”。名前で呼ばないんだ、俺のこと》

 《あんたの名前――さっき“陽真”って言ってたけど――》


 澪は肩をすくめた。


 《ずっとエヌって呼んでたし。変な感じだから。苗字で呼ぶよ》

 《……そっちのがいい》


 エヌの言葉に、澪は首を傾げた。エヌはとんとんっと澪の肩をたたくと、母親の方を向いた。――そっちに集中しろということだろう。

 確かに、今一番優先すべきは、母親をどうにかすることだ。

 

 《――最近、日中、出かけている様子なのは、そういうことだったの――》

 《澪に彼氏が――しかも、進学校で、かわいい顔の子――》

 《でも、学校についていけてない? 変な子なのかしら》

 《そういうことなら、仕方ないのかしら。――高校生だし、サボることくらいあるわよね――》

 《でも、ずっとだと、困るわ――》


 納得したような、してないような雰囲気だった。

 母親はそれから、はっとしたように顔を上げた。


 《そうだ、お父さんにも連絡しなくちゃ》

 《澪が家にいなくて、河川敷で位置情報がずっと止まってるって、焦って電話しちゃったから》

 《心配してると思うし――》


 澪はさーっと顔が青くなった。

 自分が思うより、大事になっていたようだ。


 《お父さんにも、連絡してたの!?》


 母親は「ちょっと待ってね」と言うと、バッグからスマホを取り出した。

 父親に連絡をするらしい。


 シュポ、っと送信音がして、すぐに今度はシュポ、と返信の音がした。

 その画面を見て、母親は止まった。


 《どうしよう。――お父さん、彼氏を連れてこいって……》


 澪は固まった。父親からそう連絡があったのだろう。

 母親は困ったように視線を泳がせてから、エヌを見た。


 《――エムの家、行ってもいいぜ》


 不意にエヌが澪の手を握ると、これ見よがしな声でつぶやいた。


「――お腹が減ったなぁ――」


 その言葉に、澪の母親は顔をぱっと上げた。


「ちょ、あんた何言ってんの!?」


 澪は思わず声を出してエヌの肩を小突いた。

 

「いや、もう夕方だし……」


「まだ十五時だよ!?」


 その様子を見て、澪の母親は目を細めた。


 《澪が同学年の男の子とこんなふうに話してるなんて……嬉しいわ》


「――一ノ瀬君はどのあたりに住んでるの?」


「僕の家は、この近くです」


「――ご両親は、家にいるのかしら?」


「祖父母と暮らしてて、――二人ともまだ働いてて、家にいないんです」


 《両親がいない? 複雑な家庭なのかしら》

 《気になるわ……》

 《お父さんも連れてこいと言っていたし……もう少し様子を聞きたいわ》


 母親はしばらく逡巡したのち、澪とエヌを見て、言った。


「一ノ瀬君――今日は澪と一緒に、家で夕食を食べたら?」



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