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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第三章 エヌとの距離】

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24.とっさのごまかし

 《――動きがある》


 先ほどの気まずい空気から話題を切り替えるように、エヌがつぶやいて、再び澪の手を取った。武藤 理央の家の中から、武藤の母親の思考が流れてきた。


 《なんで、私まで理央のせいで呪われなきゃいけないの》

 《確かに、私は、理央と櫻井さんを車で送ったけれど》


 過去のイメージが流れ込む。

 武藤と櫻井紗理奈を車の後部座席に乗せて、商業施設――紗理奈の記憶のなかで、たびたび武藤によるいじめが行われた現場――まで向かう母親。

 ちらりとルームミラーに映る二人を見る。

 強張った表情の紗理奈、彼女を優越感の満ちた視線で見つめる娘。


 《本当に勉強を教えに行くのかしら?》

 《理央が櫻井さんを見ている目はまるで――お父さんが私を見ているときみたいな……》


 娘の表情に、夫の――武藤の父親の表情が重なり、嫌悪感を覚える。

 頭によぎる懸念を見て見ないふりをする。


 そんなことが、何度もあった。


 《理央が櫻井さんをいじめてるなんて知らなかったの。櫻井さん、ずっと入院しているなんて……。なんで私まで呪われなきゃいけないの! 呪うなら、お父さんでしょ!? なんで私だけ。お父さんはこんなときも仕事だなんて! あの子はお父さんに似たんでしょ!? だから、いじめなんてひどいことをするのよ! お姉ちゃんはこんなことをしなかったわ! お姉ちゃんのところに行こう!》


 バタン! と大きな音がした。

 武藤の家から、トランクを抱えた女性が出てきた。


 《あの人が、武藤 理央のお母さん……》


 澪は、自分たちが思考を送り続けていた相手を初めて見た。

 エヌがうなずいた。


 《武藤の姉は都内の大学行ってて、一人暮らしみたいだから――そこに行くんだろうな》


 《武藤 理央は?》


 武藤は二日目からずっと、学校を休んでいるはずだ。

 家の中から武藤 理央の心の声が聞こえてきた。


 《寝込んでいる娘放って出て行くなんて最悪!》

 《私が悪いんじゃないよ。馬鹿に現実教えてあげてただけなのに》

 《――気持ち悪い》


 エヌがふっと口角を上げた。


 《まあ、悪くない展開じゃないか?》

 《――ねえ。終わりにしないの?》


 エヌはどこまでやるつもりなのだろう。


 《まだ、終わらせない。だって、武藤はまだ壊れてないだろ?》


 澪は心の声を失った。

 どう返事していいか、わからなかった。


 《あたし、土日は付き合えないよ》

 《なんで?》


 昨日の母親の様子を思い出す。


 《親が心配してて。バレたら面倒だから》

 

 澪の思考を共有したエヌが、下を向いてつぶやいた。


 《そりゃ、そうか……》


 そのとき、エヌは不意にぴくっと身体を強張らせた。


 《エム》


 急に呼びかけられて、澪は思わず声で返事をする。


「何?」


 《――お前の母親》


 ふと、聞きなれた心の声が頭に流れ込んできた。


 《澪? 一緒にいる男の子は誰?》

 《高校生かしら? 顔を見たことがない子だわ》

 《こんなところで、学校も行かないで何をしているの》


「お母さん!?」


 声に出して振り返ると、土手の少し先に、こちらを不安そうに見る母親がいた。


 《今日は仕事のはずなのに――!?》


 会議があると、朝早く家を出たはずだ。

 澪の声に、母親はびくりと後ずさった。


 《つけてきたって言ったら、澪は怒るかしら》

 《でも、心配で――》

 《……忘れ物防止タグ、入れておいてよかった》

 《こんな駅から離れた土手に、朝からずっといるんだもの》

 《倒れてるんじゃないかと――》


 澪ははっとしてリュックを開けた。

 ――内ポケットを見る。

 そこには、紛失防止タグが入れられていた。

 スマホで位置情報を確認できるものだ。


 《こんなの、勝手に入れて――》


 疑われたようで、悲しさと怒りが込み上げてきた。

 何か言おうと立ち上がった澪を、エヌが静止した。


 《――待てよ》


 エヌは澪の手を引いて、澪の母親に近づいて、微笑んだ。


「――澪ちゃんのお母さんですか?」


 普段と全然違う場違いな和やかな声に、澪はぎょっとして、母親に言おうとした言葉を飲み込んでしまった。

 澪の母親も驚いた顔をして、口をぽかんと開けた。 


「は、はい。――あなたは……澪のお友達?」

 

 エヌは「……」少し反応に困るように黙った。


 母親の視線が澪とエヌの繋がれた手に注がれる。


 《手を、繋いでるわね》

 《友達……? まさか、彼氏……とか?》


 エヌは澪をちらりと見た。

 それから大きく息を吐くと、顔を上げた。


「僕は、一ノ瀬 陽真っていいます。澪ちゃんと付き合ってます」



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