22.イメージ世界
シートに横になり、目を閉じる。
温かい日差しに、頬を撫でる少し涼しい風。
すぐに瞼が重くなってきた。
――と同時に、意識がどこかへ引っ張られる感覚があった。
目を閉じて暗かったはずの周囲に、色が流れ込む。
真っ青な空。足元にはふわふわした白い雲の大地。
《招待、成功》
耳慣れた心の声がして振り返ると、雲の上に立ったエヌが今までに見たことがないような笑顔で澪に手を挙げていた。
《招待……てか、ここどこ?》
《俺が作った脳内世界、みたいなもん》
エヌはそう言うと、指をパチンと鳴らした。
ガオォォォォ――
雲海の下から巨大な影が浮かび上がった。
翼が風を巻き起こし、白い雲を吹き散らす。
現れたのは、青銀色の鱗を持つドラゴンだった。
《あ、スカイドラゴン召喚できた》
“ドラゴンマスターズ”ゲームシリーズの有名なキャラクターだ。澪も弟がプレイしていたので見たことがある。
《けど、なんか……》
澪は首を傾げた。
《なんだよ》
《なんか、顔の作画が違くない?》
現れたスカイドラゴンは身体は違和感がないが、目は「・」で表現されており、不完全な気がした。
《……そうか?》
《うん。顔がシンプル過ぎるよ》
《じゃあ、教えろよ》
《どうやってよ》
《詳細に、想像してみてくれ》
澪は弟のやっていたゲームを思い出して、ドラゴンの顔を想像してみた。
すると――
《うそ。顔変わった!》
先ほどまで「・」だったドラゴンの目がはっきりした形になっていた。
《エムが想像すると、俺も意識共有できるから、変えられるんだ》
澪は目を丸くした。
《すごいね。――じゃあ》
ふと試してみたい気持ちになり、ドラゴンの目に睫毛を大量に生やす想像をしてみた。
そうすると――
《あはは! 生えた!》
ドラゴンの睫毛が上下ともにばさっと生えた。
《うわ! 何すんだよ》
エヌは声を大きくすると、ドラゴンの目をもとに戻した。
《――変な顔にしないでくれよ》
そう言いつつも、彼はどこか嬉しそうだと、澪は思った。
エヌはドラゴンの上に乗ると、澪の手を引っ張った。
《どーぞ》
《なに?》
《空の散歩》
ドラゴンの背に引っ張り上げられると同時に、スカイドラゴンが青銀の翼をばさりとはためかせた。――同時に、視界が高くなり、雲の世界のさらに上へと景色が変わる。
視界の下には、雲の上に広がるゲーム世界の王国がそのまま実在しているかのように広がっていた。
《すごっ》
澪が思わず叫ぶと、エヌは口の端を上げて、目を細めた。
《――よくイメージできてるだろ。何回もプレイ動画見たからな》
そんな彼の顔を観察しながら、澪は考えた。
《エヌは、本当に嬉しい時は、目を細めるよね。そうじゃないときは、口の端上げるだけ》
――途端、エヌが自分の顔を手で覆った。
《――よく見てるな、俺のこと》
エヌは手で顔を覆っているので、表情はわからなかった。
けれど、声の調子が上ずっているのはわかった。
彼には考えたことがそのまま伝わってしまうのだと思い出して、澪は思わず声を上げた。
《違っ――》
《何が違う?》
《……否定はしないけど》
《まあ、いいや。……それじゃあ出発!》
エヌは前を向くと、ドラゴンの首に手を添えた。
ドラゴンは翼をはためかせ、空の都の上を悠然と飛ぶ。
顔に温かな初夏の風を感じた。――これはきっと、土手を吹いている風だろう。
《楽しい》
思わずそう考えると、エヌがにっと笑った。
《シミュレーション、成功!》
それから、ぐるりと自分の想像した世界を見回して、つぶやいた。
《これで、レオも戻ってくる気になるかな……》
《……レオ?》
エヌが誰かの名前を呼ぶのを、澪は初めて聞いた。
ぽんっ!
竜の背中に、澪の弟と同い年くらいのパジャマ姿の男の子が浮かんだ。
指でつついてみると、それはただの映像の投影のようで、指がめり込んだ。
《これも、あんたのイメージ?》
《そうそう。ここだと、考えると、出てきちゃうから……》
エヌは頭を掻いた。
その男の子の映像は、風で砂が飛ばされるように、散って消えた。
《さっきの子がレオ?》
《――そう》
エヌは視線を落とした。
《あいつ、ずっと寝たまま、起きてこない。もうゲームの新作出ちまったのに》
澪はエヌのイメージで、病室のベッドに横たわった子どものような大きさの何かが映ったことを思い出した。
《さっきの子があんたの弟?》
《――違う》
エヌはさっと否定する。
《――どういうこと》
頭に疑問符を浮かべた澪をエヌは振り返って、つぶやいた。
《まあ、そんなことは置いといて。もう少し、想像のクオリティ上げたいから付き合えよ!》
ぽんぽんぽん!
と澪たちの周りに、キャラクターのドラゴンたちが登場する。
《なんか見た目おかしかったら修正して》
《あたしも自分でプレイしてないからうろ覚えだよ》
《カッコよくなりゃ、なんでもいいさ》
エヌの想像の世界を、ぐるぐるとめぐる。
そこはとても楽しい場所で、澪は、目を覚ましたくなくなった。
◇◇◇
「おおーい、起きろーーーー」
エヌに大きな声で呼びかけられて、澪は目を覚ました。
一瞬、自分がいる状況がわからなかった。
《私は、雲の上にいたはず……》
「現実だぞー! もう夕方だぞー!」
呼びかけられて周りを見れば、そこは武藤の家の前の土手だった。
西日が照り付けていて、澪ははっと時計を見た。
もう十七時近い。
それから武藤の家と、つながれたエヌの手を見る。
《あれから、投稿とか、あった?》
《あったかも。でも俺も寝てたから》
「――こんなところで、お昼寝してちゃ、危ないわよお」
知らない声がして、はっと上を見ると、白い犬をつれた母親くらいの年齢の女性が心配そうに澪とエヌを見ていた。
「すいません……、陽射しが気持ちよくて」
エヌは口の両端を上げて笑うと、女性に頭を下げて、犬を撫でた。
《この人が起こしてくれた。散歩中に俺たちが倒れてるから、熱中症かと心配したみてぇだ》
女性の思考が入ってくる。
《無事でよかったわ。五月なのに暑いから、熱中症かと思った》
《手をつないでお昼寝なんて、最近の高校生もそんなことするのね》
《土手でデートなんて、高校生のときに私もしたかったわ……》
澪もあわてて、「ありがとうございます」と女性に挨拶した。
《いい人だね》
《うん、いい人だ》
女性は「気をつけてね」と手を振って、犬を連れて帰って行った。
《私、もう帰らなくちゃ》
そう言って、エヌを見る。
《家のなか、どうなってるかな?》
エヌは少しうつむくと、つぶやいた。
《今日は、もう【受信】いいや。俺も帰る》
「じゃあな」と声に出して澪に手を振った。
エヌの思考が流れて来た。
《今日は、このままの気持ちで、寝たい》
――珍しく、その声は静かだった。




