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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第三章 エヌとの距離】

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21.価値観

 澪はエヌを見つめた。

 温かに吹く土手の風が冷たく感じた。暑いはずなのに。

 エヌの言い方は、まるで、明日にでも自分が死んで地獄へ行くような、そんな言い方だった。 


 《地獄とか、信じてるの?》

 《――信じてるわけじゃないけど。死んだら、善人と悪人の行く場所は、違うとは思ってる》


 エヌは澪の手を握った。


 《そうじゃなきゃ、不公平だろ?》


 それから、澪を見つめる。


 《エムは、地獄とか、天国なんてないって思ってるな》


 ――思考を読まれている。

 澪は苦笑して、心の中でつぶやいた。


 《だって。誰が判断するの。天国か地獄かなんて》


 よく、すれ違いざまに、心の中で《〇〇なんて地獄に行け》と悪態をついている人を受信することがある。地獄なんていうのは、そこに行って苦しめばいいと願うための逃げ道だ。

 死んだら人は、心の声も消えて、ただ静かになるだけだ。


 《エムの、そういう合理的な考え方、俺は好きだよ》


 エヌは笑った。

 澪はかっと顔が熱くなるのを感じた。

 『好きだよ』という言葉が頭に反響する。

 とっさに、思考の壁を作ることができなかった。


「……え」


 自分でも間抜けな声が出たと思った。

 顔を上げると、エヌが目を丸くしていた。


 《……何よ》


 心の中でようやくそう言うと、エヌは少し言いよどむように話を変えた。


 《……エム、理系? 文系?》

 《理系コースだけど……。いちおうね》

 《そんな感じ》

 《そう?》

 《うん》

 《……あんたは?》

 《理系》


 エヌは少し黙ってから、アウトドアチェアに寄りかかって空を見上げた。


 《……工学部に行って、ロボットが作りたい》


 頭の中に、宇宙を駆ける人型ロボットの姿が浮かぶ。


 《あーーー、あんた好きそう》


 思わず納得して、澪はうなずいた。


 《そう?》

 《うん。あんた、街歩いてるときも、工事現場のショベルカー見てるし》

 《え、俺、そう?》

 《自分じゃ気づかないのね》


 手を繋いで街を歩いていると、たびたびショベルカーのショベル部分の画像が澪の頭に流れ込んでくることがあった。


 《――あ》


 エヌがスマホを見つめた。

 紗理奈の投稿があったようだ。


 澪は画面を見つめて、意識を集中した。

 ずっと紗理奈の意識を探っているからか、紗理奈の思念の受信は、ここ数日でより鮮明になってきている。


 《お前に行ける高校なんかないでしょ》

 《最悪、身体使って稼げば》

 《ちょっとぽっちゃりの方が、そういう仕事って男ウケがいいんだって》


 めくられる制服。メジャー。


 ――そこでふっと力が抜けた。

 エヌが武藤の家に【送信】をしたようだ。


 《あの子! こんなことをやってたの!?》

 《うるさいな! お母さんなんて、何にもできない馬鹿のくせに!》


 武藤家で思考が錯綜している。

 澪はエヌから手を離すと、頭を抱えた。


 《櫻井さん、こんなこと、ずっと考えてるの?》


 病院で、櫻井紗理奈はこんな思考に囚われ続けている。

 

 《地獄でしょ》


 澪は目を閉じた。


 《『図書室』には行ったことあるのかな。私が置いてきた漫画もあるんだけど》


 県西病院には、『図書室』と呼ばれる本や漫画がたくさん置いてある部屋があった。

 入院中、暇な時間は澪は漫画を読んで過ごしていた。

 父親が差し入れしてくれた、百巻越えの推理漫画を何周も読んで、退院するときは寄付のつもりで置いてきたのだ。


 ――あの漫画は、今も『図書室』にあるだろうか。


 《櫻井さんも、読んでみたら》


 そう呼びかけたところで、背中に手を置かれた。

 エヌだった。


 《……大丈夫か?》

 

 本気で心配した声だった。


 《――うん、まあ、問題ないよ》


 澪は肩を持ち上げた。


 《あたしの心配はしてくれるんだ》


 《そりゃ、するよ……》


 エヌは言いよどむと、付け加えた。


 《エムがいないと、困るし》


 それから、アウトドアチェアから降りると、ビニールシートを敷いた芝生の上にごろんと横になって、澪を見た。


 《……エムも横になれば》


 《――そうだね》


 澪もエヌと少し間を空けて、シートに横になった。

 後付けするように、言葉を足す。


 《……ずっと座ってるのも疲れるし》


 

 シートの下の芝生がふかふかとしていて、ベッドのようで、眠気が襲ってくる。

 ちらりと横を見れば、エヌはバッグから何か本を出して、寝転がったまま読んでいた。


 《ゲームの攻略本……?》

 《そう。“ドラゴンマスターズ”の新作の》


 エヌがごろりと澪の方に転がって、本を見せた。

 雲でできた空の国を飛ぶ、いろいろなドラゴンのイラストが描かれてる。


 《最近発売したんだっけ。――弟が欲しがってた》


 確かドラゴンを集めて育てて戦わせるゲームだ。

 澪はドラゴンの育成が面倒に感じてやっていないが、弟が熱心に前作をプレイしていたことを思い出す。


 《あんた、やるの? ちょっと子どもっぽくない?》

 《――まあ、俺がやるっていうより》


 エヌは言葉を濁した。


 《喜ばせたいやつがいるんだ。――イメトレしてる》

 《イメトレ? なんの?》


 エヌはじっと澪を見つめた。澪は思わず後ろに転がった。


 《な、なに?》

 《いや――エムなら、呼べるかもって……》

 《どこに?》


 エヌの手が、澪の手を握る。


 《俺の頭の中に》

 《――なにそれ》

 《……来てみろよ》


 エヌはいいことを思いついた、というように笑って、目を閉じて、言った。

 澪は《――は?》と心の声を裏返した。


 《いや、ほんと何? ――気持ち悪いんだけど》


 エヌが目を開けて、口の端をあげる。


 《――違うって》

 《なにが違うのよ》

 《“そういうこと”じゃないって》


 エヌの考えを受信して、澪は思わず顔を伏せた。


 《……死にたい》


 《死ぬなって》


 《……あんたは、夢の世界みたいのを作れるわけね》

 

 エヌはうなずいて、起き上がりかけた澪の肩をシートへととんと押した。


 《まず、寝てみろ》



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