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【完結】六月になったら、君の声が聞こえない~心の声が聞こえる少女と、名無しの少年のひと月の話~  作者: 夏灯みかん
【第二章 いじめの加害者】

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19.本人への送信

 エヌと澪はコンビニでおやつを買ってくると、また河川敷の武藤の家の前の定位置へ腰かけた。


 《私、十七時には家に帰らないと。お母さん、十八時には帰ってくるから、家にいないと心配しちゃうし》

 《それでいいよ。付き合ってくれて、ありがと。タクシー使うなら、金出すけど》

 《駅まで定期効くし、いいよ。ていうか、あんた、お金なんでそんなにあんの。タクシーばんばん使う高校生見たことないよ》

 《貯金おろしてきたから》

 

 エヌの頭に、財布に入った一万円札のイメージが浮かんだ。


 《たくさんある……》

 《お年玉とか。何にも使わずためてたし》

 《お年玉……もらってるんだ、あんたも》


 エヌの口から出た随分と日常的な単語と、名前もよくわからない彼のイメージがそぐわず、澪は目を瞬いた。


 《もらってるよ。年の初めに、今年は爺ちゃん婆ちゃんからは、十万》

 《じゅうまん!?》

 《なんだよ》

 《あたし、五千円……》

 《一般家庭は、そんなもんじゃねぇの》

 《一般家庭って、嫌味な言い方》

 《俺の家は金持ちだし。爺ちゃん婆ちゃんにとっちゃ、孫は一人……》


 澪ははたと身体を起こすと、エヌを見つめた。


 《一人? あんたの弟は?》


 エヌが身体を強張らせた。


 《なんか、隠してる》


 澪はエヌの心の【綻び】を探った。


 ――病室のようなイメージが浮かぶ。

 ベッドに寝かされた小柄な人影。

 その身体からは管がたくさん伸びている。


 《そこまでに、しといて》


 エヌが澪から手を離して、距離をとった。


「今の、あんたの、弟?」


「――そう。……お年玉あげられるのは、一人って意味」


 澪はエヌの手を掴んだ。

 言葉での意思疎通はまどろっこしい。


 《あんたの弟、病気とかなの?》

 《……そんなもん》

 《いちごパフェが好きなんでしょ?》


 最初に会ったとき。

 エヌはファミレスの『いちごフェア』の広告を熱心に眺めていた。


 《……よく覚えてるな》


 エヌは目を大きく広げると、ふっと柔らかく笑った。


 《そう。弟はいちごパフェとか甘いのが好きなんだ。女子みてぇだろ。……俺は苦手》

 《うちは私も弟も甘いの好きだよ》


 澪はうなずいた。


 《あんたも小さい頃は好きだったんじゃない。あんたの弟さんも小さそうだから、甘いの好きなのかな》


 イメージの中の人影は小さかった。

 エヌの弟も澪と同じように年が離れているのかもしれない。


 《……それより、家の中の【受信】していいか?》


 エヌは髪を掻くと、武藤の家を見た。

 家の中の“声”が聞こえてくる。


 《今日は夕食を作る気になれないわ、少し休もう……》

 《今日は出前かあ。何頼もうかなあ、お寿司……ピザ……》


 そんな思考が流れて来た。

 武藤の母親は夕食を作れなくなり、出前をとることになったようだ。


 《のんきだな》


 エヌが吐き捨てるように言った。


 《――櫻井さんの投稿、帰るまでにあるかな……》


 澪の電波を通じた【受信】は投稿があって数分の間しかできない。


 《うん。なきゃないで、しょうがないよ。もともと、そんなすぐ終わると思ってねぇよ》


 エヌはそう言って、澪とつないだ手を強く握った。

 

 ――それから一時間。

 十六時半ごろ、紗理奈のSNSアカウントに投稿があった。


『今日の塗り絵! きれいに塗れた!』


 言葉の後ろには、今までと同じ、過去のイメージがへばりついている。

 エヌはそれを、武藤の家の方に送信した。


 《――なに、これ……》


 武藤の困惑した心の声が聞こえてくる。


 《――櫻井 紗理奈?》


 困惑と嫌悪感と恐怖心が入り交じった心の声で、武藤はつぶやいた。


 《なんで、あいつの記憶みたいなのが見えたの?》

 《え? やだ。呪い?》

 《あの馬鹿、確か死んではいないよね》


 澪はつないだエヌの手に力が入るのを感じた。

 エヌは澪から手を離すと、武藤の家を見つめた。


(――何してるの? 手をつながないと、あの家の中の声は聞こえない)


 澪の受信範囲はエヌより狭い。土手と通りを挟んだ家の向こうの人間の思考は、エヌと手をつないで、彼経由でないと読み取れない。

 

(状況が、わかんない)


 澪はエヌの腕を掴んだ。

 エヌが驚いたように振り返る。

 澪は自身でエヌの思考をたどり、武藤の家の中で入り乱れる思考を受信した。


 《櫻井 紗理奈……? 誰だったかしら? 理央の中学校の同級生だったかしら?》

 《なんで、お母さん、今、櫻井 紗理奈の名前を言ったの? 私の考えたことがわかったみたいな……》

 《理央は、櫻井という子に何をしたの?》

 《――面倒。私はただ、馬鹿に現実を教えてあげてただけなのに》


 二人の思考が入り乱れている。

 武藤が櫻井 紗理奈のことを考え、それが武藤の母親に伝わり、母親が武藤を問い詰めた状況のようだ。澪はエヌを見つめた。


 《あんた、武藤 理央の思考を母親に送った?》

 《……そういうこと》


 エヌは口の端を上げると、スマホを見た。

 口を動かして、言葉で澪に言った。


「もう十七時近い。帰りなよ。……初日にしては、上出来だろ」


 それから、付け加えるように言った。


「明日は、爺ちゃんの持ってるアウトドアの椅子持ってくるよ」



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