19.本人への送信
エヌと澪はコンビニでおやつを買ってくると、また河川敷の武藤の家の前の定位置へ腰かけた。
《私、十七時には家に帰らないと。お母さん、十八時には帰ってくるから、家にいないと心配しちゃうし》
《それでいいよ。付き合ってくれて、ありがと。タクシー使うなら、金出すけど》
《駅まで定期効くし、いいよ。ていうか、あんた、お金なんでそんなにあんの。タクシーばんばん使う高校生見たことないよ》
《貯金おろしてきたから》
エヌの頭に、財布に入った一万円札のイメージが浮かんだ。
《たくさんある……》
《お年玉とか。何にも使わずためてたし》
《お年玉……もらってるんだ、あんたも》
エヌの口から出た随分と日常的な単語と、名前もよくわからない彼のイメージがそぐわず、澪は目を瞬いた。
《もらってるよ。年の初めに、今年は爺ちゃん婆ちゃんからは、十万》
《じゅうまん!?》
《なんだよ》
《あたし、五千円……》
《一般家庭は、そんなもんじゃねぇの》
《一般家庭って、嫌味な言い方》
《俺の家は金持ちだし。爺ちゃん婆ちゃんにとっちゃ、孫は一人……》
澪ははたと身体を起こすと、エヌを見つめた。
《一人? あんたの弟は?》
エヌが身体を強張らせた。
《なんか、隠してる》
澪はエヌの心の【綻び】を探った。
――病室のようなイメージが浮かぶ。
ベッドに寝かされた小柄な人影。
その身体からは管がたくさん伸びている。
《そこまでに、しといて》
エヌが澪から手を離して、距離をとった。
「今の、あんたの、弟?」
「――そう。……お年玉あげられるのは、一人って意味」
澪はエヌの手を掴んだ。
言葉での意思疎通はまどろっこしい。
《あんたの弟、病気とかなの?》
《……そんなもん》
《いちごパフェが好きなんでしょ?》
最初に会ったとき。
エヌはファミレスの『いちごフェア』の広告を熱心に眺めていた。
《……よく覚えてるな》
エヌは目を大きく広げると、ふっと柔らかく笑った。
《そう。弟はいちごパフェとか甘いのが好きなんだ。女子みてぇだろ。……俺は苦手》
《うちは私も弟も甘いの好きだよ》
澪はうなずいた。
《あんたも小さい頃は好きだったんじゃない。あんたの弟さんも小さそうだから、甘いの好きなのかな》
イメージの中の人影は小さかった。
エヌの弟も澪と同じように年が離れているのかもしれない。
《……それより、家の中の【受信】していいか?》
エヌは髪を掻くと、武藤の家を見た。
家の中の“声”が聞こえてくる。
《今日は夕食を作る気になれないわ、少し休もう……》
《今日は出前かあ。何頼もうかなあ、お寿司……ピザ……》
そんな思考が流れて来た。
武藤の母親は夕食を作れなくなり、出前をとることになったようだ。
《のんきだな》
エヌが吐き捨てるように言った。
《――櫻井さんの投稿、帰るまでにあるかな……》
澪の電波を通じた【受信】は投稿があって数分の間しかできない。
《うん。なきゃないで、しょうがないよ。もともと、そんなすぐ終わると思ってねぇよ》
エヌはそう言って、澪とつないだ手を強く握った。
――それから一時間。
十六時半ごろ、紗理奈のSNSアカウントに投稿があった。
『今日の塗り絵! きれいに塗れた!』
言葉の後ろには、今までと同じ、過去のイメージがへばりついている。
エヌはそれを、武藤の家の方に送信した。
《――なに、これ……》
武藤の困惑した心の声が聞こえてくる。
《――櫻井 紗理奈?》
困惑と嫌悪感と恐怖心が入り交じった心の声で、武藤はつぶやいた。
《なんで、あいつの記憶みたいなのが見えたの?》
《え? やだ。呪い?》
《あの馬鹿、確か死んではいないよね》
澪はつないだエヌの手に力が入るのを感じた。
エヌは澪から手を離すと、武藤の家を見つめた。
(――何してるの? 手をつながないと、あの家の中の声は聞こえない)
澪の受信範囲はエヌより狭い。土手と通りを挟んだ家の向こうの人間の思考は、エヌと手をつないで、彼経由でないと読み取れない。
(状況が、わかんない)
澪はエヌの腕を掴んだ。
エヌが驚いたように振り返る。
澪は自身でエヌの思考をたどり、武藤の家の中で入り乱れる思考を受信した。
《櫻井 紗理奈……? 誰だったかしら? 理央の中学校の同級生だったかしら?》
《なんで、お母さん、今、櫻井 紗理奈の名前を言ったの? 私の考えたことがわかったみたいな……》
《理央は、櫻井という子に何をしたの?》
《――面倒。私はただ、馬鹿に現実を教えてあげてただけなのに》
二人の思考が入り乱れている。
武藤が櫻井 紗理奈のことを考え、それが武藤の母親に伝わり、母親が武藤を問い詰めた状況のようだ。澪はエヌを見つめた。
《あんた、武藤 理央の思考を母親に送った?》
《……そういうこと》
エヌは口の端を上げると、スマホを見た。
口を動かして、言葉で澪に言った。
「もう十七時近い。帰りなよ。……初日にしては、上出来だろ」
それから、付け加えるように言った。
「明日は、爺ちゃんの持ってるアウトドアの椅子持ってくるよ」




