16.継続的な攻撃
《あんたの弟は、あんたがテレパシーを使えるの、知ってるんだ》
《そう。エムの家族は、力については、知らないんだよな》
《――うん。最初の頃、周りの"心の声"が聞こえるって言ったことあるけど、病院に入院になったから》
中学二年のとき。
『頭に、周りの人の考えてる声が入ってくるの!』
パニックになり教室を飛び出して車に轢かれた澪がそう叫んだところ、そのまま病院に緊急入院になった。
《まあ、病院でゆっくり落ち着いて考えたら、そうなるよなって思ったし。それ以来言ってないよ》
澪は肩をすくめた。
《"心の声"を聞かれてるなんて、いくら家族でも、気持ち悪いだろうし。あえて、言う必要もないと思ってる》
《ま、普通はそうだろうな》
エヌは澪の手を引いて、歩き出した。
《とりあえず、移動しよう》
《どこに行くの?》
《武藤 理央の家の前》
澪の手を引っ張りながら、エヌは淡々とした声で計画を語った。
《エムが受信した、櫻井の声を、直接、武藤に送信する》
言葉に力が入った。
《櫻井はまだ、悪夢の中にいる。――武藤は、それを引き受けるべきだ》
《――今までのやり方と、違うんだね》
痴漢の男や常盤蓮司は、【送信】によって、おかしくなった。
――それは、澪が【受信】した電波を介した大量の声を一気に【送信】されたからだろう。
エヌは口の端を歪ませて笑った。
《――壊れるまで、送り続けてやる》
(弟のこと話してたときの笑い方と、全然違う)
澪は頭に浮かんだその言葉を、胸の奥にさっと隠した。
《――今、なんか【壁】作って隠しただろ》
エヌが澪の方を見つめていた。
《……ちょっとね》
澪はまた、心の奥でつぶやいた。
(弟のこと話してたときの笑い方の方が、ぜんぜんいいのに)
エヌはどんどん歩いて行く。
住宅街を抜け、河川敷に出た。
土手をしばらく歩いたところで、エヌは「あれ」と声に出して指を差した。
土手沿いには、庭付きのしっかりした一戸建てが整理された区画に行儀よく並んでいる。
そのうちの、二階建ての四角い家を指差していた。
《あれが武藤の家》
中学校の同級生ということなので、自宅を知っていることには違和感はなかった。
――それより。
《あんた、相手が見えないと【送信】できないんじゃないっけ》
家の中にいる武藤に直接【送信】することは難しいのではないだろうか。
エヌはうなずいた。
《そう。だから、家全体に送る》
《――家族は?》
澪はびくりと固まった。
武藤 理央にも家族はいるだろう。
本人はまだしも、家族に責任は――
《武藤は姉がいるけど、就職して家を出てるよ。あの家に住んでるのは、父親と母親と武藤だけだ》
エヌが視線をその家に注いだ。
声を【受信】しているようだ。
《理央は、今日は遅いかしら》
《全く、お姉ちゃんならお手伝いもしっかりしてくれていたのに》
エヌを通して、澪の頭の中にも声が入ってくる。
《今、家にいるのは母親だけみたいだな》
《……》
澪は黙り込んだ。
あの母親に、責任はあるのだろうか?
《あるだろ》
エヌの冷たい声が頭に響いた。
《なんで、武藤のやってることに気づかなかった?》
《――それは、そうだけど》
《気づいていたにしろ、しなかったにしろ、同罪だ》
エヌはスマホを開くと、櫻井紗理奈のアカウントの投稿場面を開いた。
前と変わらず、病院での日々が投稿されている。
《あいつらが、壊れるまで、やる》
エヌは力のこもった目で、澪の手を強く握った。
《それまで、力を貸してほしい》
澪はスマホ画面に目を移した。
【さり。入院中】のアカウントを開く。
綺麗に塗られた塗り絵のサムネイルが目に入った。
――澪が入院中に、塗っていたのと、同じシリーズの塗り絵だった。
『今日はいいお天気だったので、中庭に出してもらった!』
明るい文字の裏に、紗理奈の思考が覗く。
《みんな学校行ってるのかな。さりは馬鹿だから早く死にたい》
イメージが流れ込む。
目の前で問題集の丸つけをしているのは、武藤理央。
×がつくたびに、から揚げを口に押し込まれる。
《食えよ! 馬鹿》
――吐き気が湧き上がって来た。
と同時に、すっとそれがなくなった。
ファミレスのとき、エヌが斜め後ろの座席の客に【送信】したときのように。
同時に。
目の前の武藤理央の家から【受信】する声に、悲鳴のような声が混ざった。
《から揚げ、気持ち悪いぃ……》
《――なんなの、理央?》
しばらくの沈黙。
《――やだぁ、汚れちゃったじゃないぃ……》
「……うまく【送信】できるな」
感情のこもっていない声で、エヌはつぶやいた。
それから、澪を見る。
「……手伝ってくれるか?」
どこか不安そうなエヌの言葉に、澪はうなずいた。




