15.心の壁
エヌから連絡があったのは、次の月曜日だった。
『”やり方”を決めた。エムに協力してほしい』
スマホ画面を見つめたまま、澪はごろりとベッドに横になった。
(行くの? あたしは。呼ばれたら?)
“悪人狩り”と最初にエヌは言った。
これは、エヌが“悪人”だと判断した、エヌが“狩りたい”と思った相手を攻撃する私刑だ。
(――あたしは、それに協力させられている)
彼に言われるままに、電波を通じて心の声を受信する力を、利用されている。
――それが、なんだか気に入らなかった。
けれど。
(――この前、力の使い方に、新発見があった)
この前ファミレスで会ったとき、エヌの心の壁の綻びを見つけて、考えていることを読み取ることができた。
今までは近くの人の心の声を、勝手に【受信】するだけだった。
――でもあのときは、選んで意識的に読み取ることができた。
(練習すれば、自動の【受信】も軽減できるかも)
澪は高校を卒業したら、通信制の大学で、コンピューターのプログラミングの知識を学んで、将来は在宅でできる仕事をしようと考えていた。今の状態では通勤列車は無理そうだったし、在宅でできる仕事を調べたら、プログラマーという仕事がたくさん出てきたからだ。
けれど、自動の【受信】が軽減できるようになれば、もしかしたら大学は通えるかもしれない。
(できれば、外に通学したい)
エヌ相手に、もう少し試してみれば、できるようになる気がした。
(あたしは、あいつに使われてるだけじゃない。あいつを使って、もっと力をうまく使えるようになるんだ)
澪は返信した。
『わかった。いいよ』
『ありがとう』
スタンプではなく、シンプルに文字だけの返信が来て、澪はがばっと起き上がった。
(何よ。素直に)
――ただ、あいつに会いたいだけなんじゃないか。
いろいろとごちゃごちゃと考えていた思考内容を押し流してしまうような、そんな考えが頭をよぎり、澪は首を振った。
◇
呼び出されたのは、以前会ったのと同じファミレスだった。
《ここがあいつの家の最寄り駅?》
そう考えたとき、
《そうだよ》
ぽんと肩に手が置かれ、声が頭に響いた。
振り返ると、ラフなパーカー姿のエヌがいた。
「よ」と声を出して手を挙げて、エヌは澪の手を引いた。
《俺のことを考えてくれてて、嬉しいよ》
《いや、これから会う相手のことを考えるのは普通でしょ》
《――まあ、それでいいや》
《何よ、その言い方》
エヌは立ち止まると、視線を落とした。
《――来てくれて、嬉しいよ》
《……》
澪は心の中でも無言になった。
《――急に素直になるの、やめてよ。そういうところが――》
その先の言葉は、絶対に相手に知られたくなかった。
澪は心の奥に、頭に浮かんだ言葉を、押し戻した。
《お前……》
そのとき、エヌが驚いた顔で澪を見たので、澪はびくっと顔を上げた。
《――何よ》
《今、【壁】作った? 読み取れなかった……》
《え? 【壁】?》
《表現はイメージだけど、俺がいつもやってるやつ。心の中見られないように、防衛すんの》
エヌは肩を持ち上げた。
《この前は、お前が入り込んでくるからビビったけど》
《今、あたし、できてた?》
《できてた》
エヌはうなずくと、片方の口角だけ持ち上げた。
《力の使い方、うまくなってきてるな》
《――そうかな》
《うん。――何年もやってても、うまくできないやつもいるし》
《“何年もやってても”……って。――他にいるの?》
澪は立ち止まってエヌを見た。
その口ぶりは、澪と同じようなやり取りをしている相手が他にいるようだった。
《――なんか、ショック受けてる?》
エヌに聞かれて、澪は顔が熱を帯びるのを感じた。
こんなふうに、心の声でやり取りをする相手が、エヌに他にいるということがショックだったと自覚した。
《誰か、読み取ってやる》
つないでいたエヌの手を掴むように握り直すと、意識を集中した。
心の【綻び】を探る。
《“兄ちゃん”》
そんなふうに、呼ぶ声が聞こえて、澪は【綻び】を見つけた。
そこに意識を集中する。
《”兄ちゃん”ってテレパシー使えるの?》
《まあ、使えるみたいだな》
《すごいね! 僕はどうやったらできるかな!》
《意識を集中して、耳を澄ませる感じ?》
《うーん……》
《全然できてねぇな》
《無理だよ……》
《できても、いいことねぇけどなぁ……》
《そんなことないでしょ! 兄ちゃんは、すごいよ!》
澪はエヌを見つめて、目を見開いた。
心の壁の奥を探ったら、嫌がられるかと思ったが、エヌは少し照れたような、そんな表情をしていた。
《“何年もやってても”って……弟のこと?》
《そう。あいつ、何年やっても全然できなくて》
エヌはつないだ手と反対の左手を胸元に当てた。
《なあ》
そう呼びかける声は、どこか優しかった。




