13.から揚げ
画面に映ったリハビリの報告のポジティブな文面からは読み取れない、全く違った映像が澪の頭に流れてくる。
武藤理央と複数の女子生徒の笑い声。
武藤は手に、テスト用紙を持っている。
〇の方が少ないテスト用紙の氏名には丸い文字で『桜井さりな』と書いてあった。
《ほんと頭悪いんだね。こんな問題間違える? 普通》
《お前、自分の名前も漢字で書けないの?》
シュポ、とまた投稿があった。
食事の画像。
『今日の病院食は、から揚げ。早く退院してママのご飯食べたいな』
澪も見たことがある、病院の花柄模様のトレイ。
そこに少しだけ映った、パジャマの袖から出た白い少女の腕は、骨だけのように細かった。
《気持ち悪い》
心の声。そしてまた投稿と一緒にイメージが流れる。
――そこは、どこかの商業施設の多目的トイレだった。
私服姿の武藤は、取り巻きの少女たちにスマホの画像を見せた。
《こいつの母親、超デブなの》
それから、それを紗理奈にも見せる。
それは、スーパーで買い物かごをもつ、紗理奈の母親の画像だった。
昔は美人だったのだろう、ということが感じられるふっくらとしたおばさんだと、澪は思った。
《記事で読んだんだけど、アメリカだと低所得者ってデブなんだって。ジャンクフードばっかり食べるから。栄養とか難しくてわかんないらしいよ》
武藤は何かをバッグから取り出した。
透明なプラスチックパックに入った、大量のから揚げ。
《こいつも、将来デブになるんだろうね。頭が悪くて、揚げ物が好物。から揚げ、大好きなんだもんね》
武藤は笑うと、割りばしを割って、から揚げをつまんだ。
それを、口元に押し付ける。
紗理奈視点の映像なので、自分の口元に押し付けられたような気がして、澪は口元を左手で押さえた。
右手に重なったエヌの手に、力が入るのを感じた。
《から揚げ揚げるの得意♪ とか言って、一ノ瀬くんに取り入ろうとして、気持ち悪っ》
武藤の声とともに、口元にぐりぐりと、冷めた、油の塊が押し付けられる。
トイレのアンモニア臭ときつい芳香剤の臭いとから揚げの臭いが入り交じる。
《食えよ!》
澪は胃の奥から、何かが湧き上がるのを感じた。
――と同時に、すっとそれが、抜けた。
「おぇえええええええ」
斜め後ろの座席から、声がする。
振り返ると、ファミレスの中が騒然としていた。
近所の主婦だろうか。三人組で来ていた中年の女性の一人が、嘔吐していた。
「どうしたの? 大丈夫!?」
「――大丈夫、ちょっと――から揚げが」
「から揚げ!?」
女性は口元を押さえたまま、青ざめた表情で心の声を漏らした。
《から揚げが、目の前に、浮かんで――》
澪はハッとしてエヌを見た。エヌは片手で額を押さえた。
《あんた、今、私の思考をあの人に流した?》
《――あの人には、悪いことしたと思っている》
エヌは表情を曇らせて、嘔吐した女性の方を見た。
店員が雑巾を持って駆け付けていた。
《なんで、あの人に》
《エムを吐かせたくなかったし、――他は子連れとかだし》
澪は周りを見回した。
平日の昼間だからか、レストランの中には小さい子供連れの母親グループが数人、大人のグループは吐いた女性たちだけだった。
《あんた、消去法で人を選んだよね》
《優先順位は、あるよ。子どもにやるのは、駄目だろ》
エヌは澪を見つめた。
《そんなに責めるなよ。エムだって、同じことをしただろう、同じ状況だったら》
握った手が汗ばんでいた。
澪は身体を強張らせた。
《私は、自分で吐くよ》
《……俺が吐きそうだったら?》
《……吐かせるよ》
《エムが辛そうに吐くとこは、見たくなかった》
《――あの人は、いいの?》
《悪いことをしたと思ってる》
会話が堂々巡りだ。澪はエヌの思考に混乱を感じた。
いつもの読み取れない壁が、なくなっている。
澪は、エヌの思考を受信しようとして――、そして、記憶にたどりついた。
《一ノ瀬くん、今日はから揚げが好きな日でしょ?》
エプロン姿の紗理奈が、そう言って目の前のお皿にから揚げをのせるイメージを受信して、澪はエヌを見つめた。エヌの指先がぴくりと震えた。
――その反応だけで、十分だった。
思わず声が漏れる。
「あんたの名前、一ノ瀬……」




