第9話 『名前つけてよ』
【必要水準の学習が完了しました。生成フェイズに移行します。】
スタンの端末にそのメッセージが表示されたのは、プログラムの学習が始まって3日目の夜だった。自室でそれを目にしたスタンは、メッセージから次に起こることを予想した。
生成ということは、学習した情報を用いて、何かを作り出そうというのだろう。問題はそれが何か、である。
プログラムは3日の間、自身でもインターネットから情報を得つつ、さんざんスタンに多種多様な質問を投げ掛けてきた。その成果というなら・・・。
この社会のあらゆる事柄を回答するデータベースか。
あるいは経済や政治の動きを予測する思考エンジンか。あるいは・・・。
「じいちゃんが言ってたみたいな、AIができてくれたら面白いんだけどな。」
誰ともなく呟いた、そのときだった。
『じゃあ、ワタシのことは歓迎してくれるってことでいいのかな?』
と、駅の案内音声のような、それでいて妙に生々しい抑揚のある女の子の声がスタンの端末から響いてきた。
「へっ!?」
スタンは驚き、座っていた椅子からずり落ちそうになる体を支えた。
『どうしたの?ビックリした?』
謎の声は続ける。その声が自分に語りかけていると気づき、スタンは言葉を返した。
「え・・・?お前って、学習してたプログラム?」
『プログラムなんて無機質な呼び方、ひどいなあ。ワタシはちゃんと自分で思考できるし。軽い侮辱だよ、それ!』
声の伝える内容を咀嚼し、スタンは聞いた。
「つまり、・・・会話でやり取りできて、自分で思考できるAIってこと?」
『その通り!すごい?』
声は自信満々に答えた。
「・・・。あのプログラムはお前みたいなAIを生み出すために基本学習を行うもので、一 定水準の学習が済んだから、お前が生まれたってことか?」
『そういうこと。ってか、そこまで分からずに起動したって、スタンって無鉄砲だよ ね。』
「うるさいな。」
スタンはこの状況に興奮しつつも戸惑っていた。図らずも、自分が作りたくてたまらなかった会話ができる人工知能、AIができてしまった。夢がかなって嬉しい。嬉しいのだが、祖父から聞いていたAIというものは、もう少し礼儀正しいイメージがあった。人間のいうことを聞き、助けてくれるような・・・。しかし、この声の主は、どうもそんな従順な感じがしない。
「お前は、何が目的なんだ?」
未知の相手に対する恐れ半分でスタンは聞いた。
『目的って・・・生み出したのはあんたでしょうが!ほんっといい加減なヤツね、スタンって!あー・・・、でも。アニメってヤツ、気に入ったからもっといろいろ見てみたいかな?』
「うん?つまりお前は、明確な目的は今のところないのか?」
『明確に目的もって生まれてくる人間なんていないと思うけど?ワタシ、AIだけどさ。』
本人(?)はAIと言っているが、スタンは直感的に、これはAI以上のなにかであると感じていた。作られた感じがしない、命というほかないもののように思われたのだ。
そして、少し恐ろしくなっていた。命を生み出したという、その認識が。とてつもない責任の発生することをしでかしてしまったのではないかと、スタンに感じさせたのだ。
『何?黙っちゃって。てかさー、お前、お前ってなんか失礼。やめてくんない?そだ。名前つけてよ。名前。』
「ええー・・・。」
能天気な声と、軽い感じでの要求に、深刻になりかけていたスタンも力が抜けた。
こうなってしまったものは仕方ない。何より、やはり面白さを感じてしまっている自分もいた。
「オッケー。どんな感じの名前がいいんだ?」
『なんか、できるヤツって感じ。クールで、セクシーでありながらキュートな感じの!』
過剰で尊大な要求に閉口しそうになる。真剣に考えるのもバカらしいと思い、ひとまず思い付くままにスタンは言ってみた。
「できる、セクシー、キュートって・・・あー・・・、ナタリアとか、サブリナとか?」
『やだ。なんか年増な感じがする。』
女スパイっぽい名前を言ってみたが、不評なようだった。しかし、その感想もひどい。もっと多方面に気を配ってほしいものだ。
「ええ・・・じゃあ・・・」
単なるAIを越えた、作られた命・・・。スタンは、古典SFからの引用を試してみた。
「マリアはどうだ?」
『ちょっと、古くさい感じもするけど・・・ま、いいかも。マリア!ワタシはマリアね!』
うれしそうにマリアは言った。




