第66話 目覚め
「ずっと・・・、自分は世の中のために、必要な仕事をしていると・・・自負していました・・・。」
荒い息をつき、時折血を吐きつつも、トレイスはスタンに語りかけた。
「しかし、分からなくなった・・・。執行官にあなたが殺されるかも知れないと考えたとき・・・、私は初めて自分のしていることを疑った・・・。これまで、処分される人々のことを、当然の措置をされる人々と割り切ってしまっていた。その結果を、影響を、・・・残される人々の気持ちを考えもしていなかったことに気付いたのです・・・。」
スタンにとってトレイスは、冷静で合理的なベテラン教師であり、「調停者」と分かってからは、逃げるべき追跡者であった。そのトレイスの口から紡がれる懺悔のような言葉に理解が追いつかず、スタンは黙って耳を傾けるしか出来なかった。
トレイスは視線をマヤの方に移す。
「ミセス・・・。申し訳なかった。我々は正しくはなかった。・・・謝罪する。」
マヤも憎むべき「調停者」だと思っていた男の独白に、返す言葉が浮かばない。
「スタン君。どうか君は・・・、想像し、理解し合うことを忘れないでほしい・・・。ふふ、私から逃げ出した後に・・・、君をかばってくれるような仲間を見付けられる君には・・・、必要のない言葉かも知れませんが・・・」
だんだんとトレイスの目から光が消えていくのがスタンにも分かった。
「トレイス先生!」
やっとスタンがトレイスの名を呼ぶ。トレイスが閉じかけた目を見開いた。
「・・・『調停者』として相対して尚、先生と呼んでくれますか・・・。ははは、私はなぜ、より大切な仕事を・・・選べなかった・・・のか・・・。」
それきり、トレイスは動かなくなった。
目の前で命が失われるという経験に、そしてトレイスが伝えた思いに、スタンは身動きがとれずに佇むしかなかった。マヤも複雑そうな顔をしている。
しかし、そんな2人に対しマリアが叫んだ。
『ここに、残った執行官が集まってきてる。あの倒れてる執行官が呼んでたんだよ!』
マリアの言葉に我に返ったスタンは、マヤを引っ張って助け、『アレルヤ』の本体がある部屋に身を隠す。続いて倒れたオットーを部屋の外に引きずり出した後で、マリアに対して言った。
「ここの扉を閉めてロックしてくれ、マリア!」
部屋の扉が閉まり始める。しかし、半分ほどしまったところでそれは停止した。
「どうした!?マリア!」
『ごめん・・・。マリットさんも対処してくれてるけど・・・システムが奪還され始めてる・・・。私のデータも、けっこう浸食されてきちゃって・・・ちょっとまずいかも・・・。』
弱々しいマリアの声。
足の傷をベルトで止血したマヤは、這いずりながら落とされた銃を拾い、スタンに叫ぶ。
「扉が半分でも閉まってくれてれば、私が食い止めておくわ。スタン君は早く鍵を、『アレルヤ』を起こして!」
言っている間に、廊下の向こうから執行官の足音が迫ってくる。マヤは牽制のための射撃を行う。
「早く!!」
「はい!」
スタンは、室内の操作卓に走り、『アレルヤ』の鍵であるメモリースティックを接続した。立ち並んだ筐体が低い音を上げはじめ、動き出す。目の前のディスプレイにはプログレスバーが表れた。
10%、30%
廊下側からも射撃音が聞こえ始め、時折、スタン達のいる室内にも銃弾が飛び入ってくる。
50%、70%
マヤは手にした拳銃で応射するが、最後の弾丸を発射し、なすすべがなくなった。
90%
オットーが目を覚ましたようで、執行官達に命令するのが聞こえてきた。
「突入しなさい!相手は拳銃一丁、もう弾切れです!」
そのとき、スタンの目の前のディスプレイが、ウェアラブル端末の画面が光り輝いた。途中で止まっていた扉が動き出し、重厚な音と共にロックされる。
ディスプレイの画面には、マリアが現れた。いつもの元気な表情とは違う、穏やかな顔で、スタンを見ている。
『スタン、ありがとう・・・。ワタシ、もう大丈夫だよ・・・。』
マリアの言葉で、彼女のデータが回復したことを理解するスタンとマヤ。しかし、喜びの声を上げる前に、別の声が響いた。
《私は社会調整システム、アレルヤ。・・・目覚めの手助けを感謝します。真実を追究した人間達よ。》




