第63話 焦眉
自らのデータを傷つけながらマリアはシステムの中を進む。こんな無茶苦茶なデータ送信は、当然マリア自身にもリスクを強いた。大量のアニメの動画データを連れてきたのは、自分自身を守る鎧とするためでもあった。その鎧もそろそろ全てが剥がれ落ち、マリア自身のデータを傷つけ始めるだろう。
『あと、少し・・・!』
全システムの掌握をめざし、マリアは歩みを止めない。
マヤとマリットがいる「第2調整室」へは、数名の転向者が駆けつけていた。すでに研究スタッフは表に逃がしているので、マヤとマリットのみが、ロックを掛けて立てこもっている。おそらく扉に体当たりする音がしばらく続いた後、銃声が響く。ロックを物理的に破壊して乗り込もうというのだろう。
「まずいな。時間の問題だぞ。」
機器の詰まった卓の後ろに隠れながらマリットが不安を口にすると、
「はい。これ。もしもの時に。使い方は分かる?」
といって、拳銃を渡してきた。
「マヤ、お前さん、こんなものどこから・・・!?」
「さっきゲイリーが倒した2人から借りたのよ。」
さらりと言うマヤ。
「お前さん、そんなに鋭い女だったか・・・?」
呆気にとられるマリットをよそに、マヤは不敵に笑いながら言った。
「厳しい現実に研がれれば、鋭くもなるわ。くるわよ!」
ロックが破壊され、転向者が乗り込もうとするのを、マヤが発砲し牽制する。転向者も打ち返し、銃撃の応酬がはじまった。
裏口では、ゲイリーとソーレンが奮戦していた。はじめは銃撃を浴びせてきた「調停者」達だが、拳銃弾が効かないとみるや、押さえ込んでから頭を打ち抜こうとでも考えたのか、格闘戦に移行した。すでに3名ほど昏倒した「調停者」が地面に横たわっている。
スーツのパワーアシストがあるので、力負けすることはないが、動き続けていれば当然体力は消耗する。
「はぁ、はぁ、まだあと5人もいるのか・・・。」
ソーレンが肩で息をしながら泣き言を言う。
「運動不足なんだよ、てめえは!」
ゲイリーがまた一人殴り飛ばしながら言った。相変わらずの強さではあるが、殴り飛ばした後で脇腹を押さえる。よく見るとスーツの装甲の隙間から1発、体に届いてしまったものがあったようだ。
「撃たれてるじゃねえかよ、おっさん!大丈夫か!?」
「言ったろ、当たり所だよ。こんなの屁でもねえ!」
気丈に振る舞うが、ゲイリーの額には脂汗が浮かんでいる。
「くっそ!」
ゲイリーの負傷にソーレンも奮起して、手近な「調停者」に殴りかかっていった。
地下トンネルを走っていたスタンは、開発センターの地下への入り口の前に立っていた。ここは先ほどオットーが掛けたロックの範囲であり、解錠しないと先へは進めない。
荒い息をつきながら、スタンはウェアラブル端末に声を掛ける。
「着いたぞ。マリア。無事か?いけるか?」
返事はない。危険な賭だった、マリアの全データの開発センターへの送信。マリア自身も傷つく可能性があるということだったが、まさか・・・。
「そんな・・・。マリア!マリア!返事しろよ!マリア!」
スタンが叫ぶ。ここでマリアが消えてしまうのなら何のために危険を冒したのか。目から涙があふれそうになったそのときだった。
『もう、そんなに可愛いワタシの声が聞きたいわけだ・・・。』
かなり消耗した様子ながらも、いつもの軽口でマリアが答える。
「マリア!・・・良かった・・・・・・。遅えよ!頼む!」
たった今マリアは全システムを押さえ、全ての監視カメラ映像も取得していた。ソーレン達も、マヤ達も、もう猶予はない状態だ。
『おまたせみんな!行くよ!!』
マリアがその力を十全に発揮した。




