第62話 鋭刃と激流
オットーの居る警備司令室には、開発センター内の各場所の監視カメラ及び、データ接続状況がモニターされていた。裏口の異変にオットーはすぐに気付く。
「やはり、陽動だったか。あの大男もいる。さっきのは映像か?」
独りごちながら、手は配下の執行者、転向者への命令を打ち込む。残念ながら、2名の侵入は許してしまったようだが、すぐに全ての出入り口を強制ロック状態に切り替えた。普段の開発センターのシステムに別口で接続した堅牢なシステムのため、ハッキングしようとも、ロックの解除は簡単にはできない。そして、ハッキングにはすぐ対処する。実質的にはこれ以上外部の人間の侵入は不可能に出来たはずである。
「あとは、それぞれの場所でじわじわと狩っていけば良い・・・。」
裏口へ駆けつけた転向者と、不穏分子が交戦を始めたことをモニターで見ながらオットーは余裕を取り戻していた。
開発センター内部に侵入したマリットとマヤは、手近な施錠されていない部屋を次々に確認していく。やがて、2人の研究スタッフが詰めている部屋にたどり着いた。
「動かないで!両手を頭の後ろにして、床に伏せて!!」
マヤがテーザー銃を構えて叫ぶ。気弱そうなスタッフ2人はすぐに従った。
マリットはスタッフが使っていたPCにザックから機器を取り出し接続する。2、3の設定を行いながら呟いた。
「敵は我々のハッキングを警戒しているだろうが、今から訪れる危機はハッキングではないぞ・・・。」
全ての設定を済ませ、マリットが端末に向かい言った。
「準備は出来た。来い!マリア君!!」
『オッケー!行くよ!!』
マリットが接続したのはモバイルの超高速データ受信機だった。
「そう、もはやハッキングという規模ではない。意志を持ったデータの奔流が、システムに乗り込むのだ。」
「なっ!?」
オットーは突如起こった事態に驚愕の声を上げた。開発センター内で登録されていない通信電波を確認した次の瞬間、大量のデータが開発センターの中枢システムに送り込まれ始めたからだ。侵入などという生やさしい規模ではない。小さな研究所のスパコン1台分ぐらいの情報が、巨大な流れのように無理矢理入ってくるのだ。すぐに通信をシャットダウンしようにも、あまりのデータ量のためか、オットーの手元の端末もフリーズしてしまっていた。
すでに表示がおかしくなったモニターの1つにそのデータの一部らしきものが表示される。
「は?アニメ?」
マリアは、壊れかけた自身のデータだけでなく、これまで見たお気に入りのアニメの動画データも大量に引き連れて開発センターのシステムに殴り込みを掛けたのだ。
あっけにとられていたオットーは我を取り戻し怒りに震えた。
「どこまでふざけた連中だ・・・!」
すぐにまだ掌握できているシステムから、データの受信元を割り出す。「第2調整室」だ。数名の転向者へ対応に向かうよう命令する。
「おそらく、もうしばらくするとシステムはこのふざけたデータに乗っ取られてしまう。しかし・・・・・・そうだな。」
オットーは深呼吸して冷静さを取り戻し、銃を確認して警備司令室を出る。
「結局連中はめざすところに向かうのだ。そこで待ち構えて消すのみだ・・・。」
ロケット発射場の観覧スペースでも、集まった人々がざわつき始めていた。観覧ブースに設けられた大型モニターが、先ほどまでは今回の外宇宙探査ロケットや、開発センターの活動について紹介する内容を映していたのに、突然アニメを流し始めたからである。しかも、ザッピングをするように次々作品が切り替わり落ち着かない。
「なんだ?演出?」
「故障じゃないの?」
「あ、私あのアニメ好き。」
人々は口々に勝手なことを言っているが、トレイスは感づいていた。
これは、ハッキングを受けているのだ。観覧モニターの内容に干渉するとなると、開発センター本部へのハッキングだろう。
「そこに向かっているんですね。スタン君。」
トレイスは、開発センターへ向かって走り始めた。もう彼は「調停者」としての自分の責務を考えなかった。ただ教え子の命を守りたい一人の教師がそこにいた。




