第59話 マヤの怒り
「・・・あなたは『調停者』ね。『スタン君』なんて呼ぶということは、彼の言っていた先生かしら?」
何とか冷静さを保ちつつ、マヤはトレイスに聞いた。
予定外の事態に焦る気持ちはあるが、背中に銃を押し当てられた状況では、時間稼ぎをしてチャンスをうかがうしかない。
実際は、トレイスが押し当てていたのは実銃ではなく、調停官に支給されているテーザー銃で、密着状態で撃っても十分な効果を与えられないのだが、マヤをひるませるはったりとして使っていた。
スタンを助けたい思いから、トレイスは聞いた。
「ずいぶん、スタン君と仲良くなっているようですね。・・・なぜ、危険な行動に子どもを巻き込むのですか。」
トレイスの問いに、マヤは驚いた。不穏分子の処分のために行動する調停官が子どもを守ろうとするような発言をするとは思っていなかったからだ。しかし、同時に怒りもこみ上げた。
「私から夫と子どもを奪った『調停者』がそれを言うの・・・!?」
「何?」
トレイスは困惑の声を上げるが、マヤは気持ちのままに続けた。
「私の夫は歴史学者だったわ・・・。過去のAIの記録を調べすぎたために、息子と共にあなたたちに殺された・・・。ただ真実に近づいたというだけで!息子は・・・まだ2歳だったのよ・・・!」
当然、夫への処分を実行したのはトレイスではなく別の執行官だろうということはマヤにも分かっていた。
しかし、長年抱えていた思いをぶつけずに居ることは出来なかった。
「それは・・・そんなことが・・・。」
トレイスがうろたえ、マヤを押さえる力が弱まる。
マヤは素早く腕を振りほどいて体を離し、トレイスと相対する。
マヤに押し当てていたテーザー銃を他の人目がある中で構える訳にもいかず、トレイスは銃を隠した。
「あなたたちは、社会を守っているつもりでしょうけど、ただ不幸を振りまいているだけよ!」
捨て台詞を残して、走り去っていくマヤ。
「私は、私の仕事は・・・。」
マヤにぶつけられた感情と、教え子が殺されるかも知れないという現状を受け、「調停者」である自分に対する疑問が、トレイスに重くのしかかっていた。




