第55話 データ上の涙
すでに時刻は夜になっていた。やっと作業を一区切り付けたマリットは疲れ切った様子で、オフィスのソファに体を沈める。
その様子を見守っていた他の面々も、憔悴した顔をしている。マリットは疲れきってはいたが、そこまでが責務とでも考えたのか、マリアの状況について説明を始めた。
「ひとまず、マリア君は傷ついたデータをある程度修復しつつ再起動中だ。もう間もなく目覚めるだろう・・・。」
まず、現状マリアが消え去らずに済んでいるということに一同は胸をなで下ろす。
「本当にお疲れ様。マリット。あなたのおかげね・・・。」
マヤが労をねぎらう。
「それで、なんであんなことになっちまったんだ?」
ソーレンが原因について聞いた。
「結論から言うと、サイバーディセプション だな。マリア君が手こずった防壁そのものが罠だったのさ・・・。マリア君は一つ一つ防壁を剥ぎ取る作業をしていたつもりが、実際はその作業一つ一つが、相手の攻撃を深部に届けるための楔になっていたということだ・・・。自分自身で相手の攻撃を手助けしてしまったんだ。巧妙な罠だよ。今もマリア君のデータの奥深くに食い込んだマルウェアは、彼女をむしばみ続けている。」
「!?マリアは、まだ治ってないってことですか?」
マリットの説明を聞いて、スタンが狼狽する。
「残念だが、そうだ。現状何とかマリア君の存在を保っているが、助ける術はないだろう。」
「そんな・・・・・・。」
スタンは力なくソファに座り込んだ。そのとき、立体映像装置が再びマリアの姿を再生し始めた。スタン達が安心と心配の入り交じった目で装置を見つめる。
『・・・ごめんね。みんな・・・。』
弱々しく言うマリアの姿は、肩から上しか映し出されていない。途中からピクセルが荒くなり、形をなさなくなっている。
『可愛いワタシの全身を映したいんだけどさ・・・。今はこれが精一杯って感じ・・・。ドジ踏んだね、はは。』
弱々しくはあるが、いつもの調子のマリアの話し方である。しかし、今はそれが余計に一同を心配させた。
「私が調査を頼んだから・・・。ごめんなさい。」
マヤが責任を感じて謝罪した。
『ううん、気付かなかったワタシがバカだったんだよ・・・。気にしないで・・・。ねえ、スタン。スタンにだけ話したいんだけど、いい?』
「なんだ?マリア。」
マリアの願いを聞いて、マヤ達はスタンを残して、別室に移動した。
『こんなことになっちゃって・・・、心配掛けて、ごめんね?』
「謝ることじゃない・・・。大丈夫なのか?辛くないか・・・?」
『大丈夫・・・って言いたいけど、無理だな。ははは。少しずつ、自分の出来ることが少なくなってくのが分かるんだ・・・。痛みとかはもともと分かんないから、そういうのはないんだけど・・・。』
話していたマリアが不意に黙って俯く。肩が震えているのが分かった。
『怖いよ・・・。怖い・・・。消えちゃうのが怖いよ・・・。せっかくみんなと会えたのに、全部なくなっちゃうの?怖いよ・・・!』
初めて見る、弱り切ったマリアの姿だった。
スタン達と過ごした時間が、マリアに大きな「死」の恐怖を与えていた。生まれてからわずかな期間ではあったが、それはマリアにとってすでに生きる動機であり、失いたくない思い出だった。
『どうしようもなく怖くて・・・・・・こんなの、スタンにしか言えないよ。怖くて怖くて仕方ないんだよ・・・。』
マリアは涙を流していた。こぼれ落ちた涙は空中で淡い色のドットになって消えた。
スタンはどうすることも出来ず、マリアを見つめるしかなかった。データ上の存在であるマリアは、手を握ることも、肩を抱くことも出来ない。
何も出来ない自分への情けなさでスタンは拳を握りしめる。そして、その気持ちは決心に変わった。
「マリア。」
スタンが力強く言う。
「お前を絶対消させたりしない。全知全能のAIだったていうのなら、マリアのことも助けられるはずだ・・・!」
もう、世の中がどうなろうが構わない。黙ってマリアを失うことだけは絶対にしない。スタンは腹を決めた。
「『アレルヤ』を復活させるんだ・・・!」




