第43話 いたずらな宣戦布告
近くの調停官や転向者を集め、手勢を増やしたオットーはまず、館の周囲の監視を増員した。もし中にスタン、あるいは不穏分子がいた場合、逃さないためだ。
そして、家の側面の窓から侵入することを決めた。何もわざわざ相手がロックしている玄関から入ってやる必要はない。同じ施錠された場所を破るのであれば、窓ガラスの方がよほど簡単である。
「では、行きましょう。」
オットーの合図で転向者が玄関のカメラに素早く覆いをし、監視の目を奪う。そして、家の側面に回ったオットーとトレイス、数名の転向者は、器具を使って素早く窓に穴を開け、内鍵を外して内部に侵入した。
転向者1名に2階を確認するよう指示を出し、自身は1階の内部を確かめる。
「一見、人の気配はありませんが・・・これは、なんでしょうね?」
しばらく1階を歩き回ったオットーは、すぐにキッチンの床の違和感に気付いたようだ。
「トレイス君、このカーペットを外してもらえますか?」
トレイスに命じてカーペットをめくらせ、館の地下室への入り口を、たやすく発見してしまった。オットーはテーザー銃を構え、入り口の蓋を開けるように、トレイスに目配せした。
「ブルックス執行官、あまり手荒くならないようにお願いします。」
トレイスは小声でオットーに要望しながら、緊張しつつ入り口の蓋に手を掛けた。
音を立てないように、注意を払い、素早く蓋を持ち上げる。開ける瞬間オットーは身構えるが、開け放たれた先には、やはり人の気配はなかった。
「奥に隠れている様子も・・・なさそうですね。・・・君たち、先に降りて待機しなさい。」
少し覗いて、中をうかがったオットーは同行した転向者2名を、地下室へ先行させた。
「君も覚えておくといい。時折、こうした場所に罠を仕掛ける手合いもいるのでね。」
オットーは職務技能の指導といった風情でトレイスに向けて言った。つまりは、先行した2名の転向者は、どうなっても良い捨て駒ということである。
「調停者」の職務規程には、転向者の扱いは、使役する調停官、執行官に一任されており、安全確保上の義務はない。政府のAI禁止の方針に逆らい、本来ならば命を奪うこともやむなしと判断されていた者達だからだ。しかし、こうした扱いをすることにトレイスはわずかに抵抗を感じている。そんなトレイスの心情を知るよしもなく、オットーは安全の確認できた地下室に降りていった。
薄く低く、冷却ファンの音が響いている。地下室の奥の壁一面に並べられたスーパーコンピュータの筐体を見て、オットーはやはり高校生一人を追うだけの案件ではないと確信した。そして、常日頃彼が追っている不穏分子についての情報が得られることも期待した。
そのとき、目の前のスパコンのアクセス用端末らしきPCの、小さなディスプレイが明滅しはじめた。後から降りてきたトレイスも、ディスプレイに気づき注視する。
オットーは最大限の警戒を緩めぬまま、ディスプレイの様子を見守っている。
やがて明滅は止まり、ロード中を示すリング状の表示が回り出した。
一体何が表示されるのかと身構えていると・・・
【ぎゃあああああああああああああああああああっっ!!!!!】
突然、大音量の叫び声と共に、不気味な幽霊のような顔が画面いっぱいに映し出された。トレイスは驚いて腰を抜かす。オットーも一瞬ビクッとなったが、何とか警戒姿勢は保っていた。
それはインターネット上で時折見かけるような、ドッキリ動画だった。すぐに画面が切り替わると、続いて文章が表示された。
【我々は知っている。世界の真実を。】
【我々は糾弾する。政府の、「調停者」の示す正義を。】
【我々は行動する。政府に我々の意志を突きつける。】
おそらくは「調停者」に向けたメッセージ。それだけ映し出すと、ディスプレイは暗転して沈黙した。
「まったく、実に、実に質が悪い・・・!」
オットーが苦々しい表情で吐き捨てた。
「・・・間違いないことは、この場に彼らはいなかった。我々の動きは把握され、手を打たれた。それ故の悪ふざけです。本当に舐められたものだ・・・。そして、『政府』という言葉を出された以上、我々は警戒の目を政治中枢の複数の場所にも拡げなければならない。」
オットーは他に物理的な痕跡がないか探しながらうろうろと地下室の中を歩き回る。冷静さは保っているが、苛立ちは当然あるのだろう。
「おそらく、目の前のコンピュータにもめぼしい情報は残っていないでしょう。それどころか、ウイルスが仕込まれている可能性もある。・・・はじめに接続する機器は必ずスタンドアロンのものにするように!」
強い口調で転向者に指示するオットーを尻目に、スタンがこの場にいなかったこと、先ほどのドッキリ映像の悪ふざけにスタンの面影を感じたことを、少しうれしく思ってしまっているトレイスがいた。




