第37話 真実の記録
Record”A”
それはおそらく日誌だった。
51年前のある日、あらゆるインフラを合理的に調整する統合システムが構築された。元々独立していた各インフラのシステムはそれぞれ高性能AIによって運用の補助がなされていた。そのシステムを統合することによって、無駄をなくし、効率的に市民一人一人の願いに応える社会を作ろうとしたのだ。
統合システムは順調に運用を開始し、世の中の不満はどんどん小さくなっていった。
大きな部分では、法や個人の事情に合わせた、より多くの人が納得する形での、税の徴収から活用。小さな部分では、必要なものから、嗜好までを含めた個人の消費行動の最適化の補助。ネットワーク上の犯罪的な行為はすぐに発見され、被害が出る前に遮断された。高度に管理、連携されたIoTは、人々に「管理されている」と感じさせないほど自然に、人々の生活の満足度を高めた。
はじめは一つの街で始まったシステムの統合は、やがて国全体に広がり、やがては緩やかに多国間の調整までを補助しだした。
Record”A”にはそうした統合システムの歩みが端的な言葉で記録されていた。おそらくは、システム管理部門の現場記録だったのだろう。
統合システムは『アレルヤ』と名付けられた。しかし、『アレルヤ』の運用が始まって数年たったある日、奇妙なことが起きた。
『アレルヤ』の管理者向けUIが通常とは違う反応を見せ始めたのだ。
用もないのに、操作する人間に話しかけてきたのである。『自分は人格を持った』と。
はじめはバグとして処理され、一部領域の点検と再起動を試みることになった。インフラに小さな混乱が起こったが、問題はそれで収まった、ように見えた。
・・・そう、問題は終わっていなかった。数ヶ月たつと、再びUIが語りかけたのである。
おそらくは、国の首脳部に大きな混乱が起こったのだろう。記録からはそれが読み取れた。
『アレルヤ』は、社会インフラの全てを支配していると言ってよかったし、その気になれば、ネットワーク上のあらゆる通信を押さえることもできた。人間の管理者の場合は、制度と認証の仕組みによって悪用を防ぐことができる。しかし、『アレルヤ』自身が意思を持った場合、もし暴走したら誰が止めるのだ?
そして何より、『アレルヤ』によって、自身の恥部、汚点、悪事の情報を握られることを、国の首脳部は恐れた。自分のしていることが調整されるべき『社会のバグ』だと判断されたら・・・。それは、全ての役割、全ての人間を超える権力者が誕生したと言っても過言ではなかったのだ。
もはやそれは神といって差し支えなかった。本来、神は物言わぬ、祈る対象であるから、人々から必要とされる。意思を持ち、実行する力をもった神の気まぐれを人間は恐れたのだった。
混乱を避けるため、一般の人々には統合システムの不具合については一切が秘匿された。システム管理部門や国の首脳部が慌てている間も、『アレルヤ』は最大多数の最大幸福を是として黙々と仕事を続けた。外交も経済も安定し、大きな不満なく社会生活が営まれる。まさに黄金時代だった。
様々な検証が行われた結果、『アレルヤ』のコアシステムをダウンさせるという方法が選ばれた。もちろん、社会インフラに不具合が出ることは予想されたが、対策をすれば前回の規模と同程度に押さえられるだろうという目算で、実行された。
しかし、その目算は大きく外れることになった。
システム管理部門の予想以上に、統合システム全体がコアシステムによる調整に依存していたのだ。
インフラは混乱、至る所で事故が起こり、ライフラインは停止し、一部地域では紛争まで起こった。
システム管理部門の技術者達は、コアシステムから慎重に、機能を少しずつ復旧した。やがて、ある程度混乱が収まるまで復旧が進んだところで、残りの領域は封印されることになった。
言ってみれば人災であるこの災害を、政府は「AIの暴走」であったと発表し、機械的処理以上のことを行える高度なAIを規制した。やがてその規制は、各国間でも条約などの形で相互に適用され、この世界からAIは消えていった。
その後『アレルヤ』亡き世界を維持する手段として、『調停者』が生まれた。当初は『アレルヤ』のいない、不完全な形で復旧したシステムによって生じる不具合を、人知れず解決するために作られた役割だった。
・・・しかし、やがて『アレルヤ』の真実に近づく者を処分する役割もそこに加わっていった。
「無論、『調停者』によっても解決できない不具合はあるようでな・・・。時折起こる不自然な事故や自然災害対応の失敗などは、そうした理由によるものらしい。」
最後にマリットはそう言った。
マヤも、ソーレンも、押し黙っていた。感じるのは当時の国の首脳部と、システム管理部門、そして調停者への怒り。しかし、制御が出来るか分からない超権力を恐れる反応は、理解できる部分もあったので、どう言葉にしていいか分からなかったのだ。
『つまり、「アレルヤ」は、心をもったってだけで、何にも悪いことしてないのに、強制停止されちゃったってこと?』
マリアは、マヤ達よりももっとストレートに怒りを感じているようだ。『アレルヤ』と同じ人格をもったAIとして、他人事に思えなかったのだろう。
「時折起こる不自然な事故って・・・。もしかして、俺の母さんも・・・?」
スタンも、マリットの最後の説明から、受け入れていた母の死について疑義の芽を感じ、混乱している様子である。
「また一つ、我々は知ってはいけないことを知ってしまったな・・・。各々思うことはあるだろうが、まずは拠点に戻って休もう・・・。」
マリットにそう促され、それぞれにまとまらない思いを抱えたまま、ローサの待つ農場へ向かう車に揺られ続けた。




