第3話 追憶と廃屋
スタンの家は父子家庭である。母親は2年前に事故で亡くなっていたからだ。スタンは15歳になったばかりだった。自分のことは、なんでもできる年齢になっていた。反抗期というものでもあったかもしれない。最後に聞いた声は、いつも通りの「いってらっしゃい」だった。自分が母の言葉に返事をしたかどうかも覚えていない。スタンは「おかえりなさい」の声が聞けなくなった時、素直に泣くことができなかった。
父と母は仲のよい夫婦であったから、スタンの父は大いに悲しんだ。1カ月程、ひとり悲しむだけの日々が続いたが、やがて父は、母がいた頃と同じように仕事に行き始め、母がいた頃以上に働いた。そして、親子で過ごす時間はなくなっていった。
さらに、母の死後、父は偏屈で気難しくなったようにスタンには思えた。もちろん母の死はスタンにとっても重い影を落としたが、性格まで変わったかのように見える父が、弱い人間のように感じられてしまったのだ。
父と子で支え合うこともできたのだろうが、父は子に対し余計なプライドがあり、息子を頼ることができなかった。スタンもまた、父の弱さを認められるほどの大人でもなかった。
それ以来、親子はうまく噛み合わず、家庭はスタンにとって、決して居心地のよい場所ではなくなったのだった。
ひとまずは家に帰りたくない。そんな思いで、いつしか足は高台の公園に向かっていた。スタンが小さかった頃、母によく連れてきてもらっていた公園だ。小さな遊具と広場、ベンチ、水場があるだけの場所だが、ここからはスタンの住む街が一望できる。母と並んでベンチに座ると、いつも心地よい風が吹いた。
母との会話をぼんやり思い出しつつ、ベンチに座り街を見下ろす。
「お母さん、見て。あのおうち、お花がたくさんできれいだね。」
「そうね、あんなにきれいなのに高い塀があるから、近くを通ってもお花は見えないのよね。ここからの眺めで初めて気づいたわ。あれだけたくさんの植物が生えているとお世話が大変そう。きっと草木が好きな人が住んでいるのね。」
あの家。確かに昔はきれいに草花に彩られ、整えられていた。しかし、今はどうだろう。庭は雑草に覆われ、家自体も鬱蒼とした蔦に覆われている。しばらく手入れがされていないどころか、人が住んでいそうな気配もない。
「まてよ。うまくすれば...。」
スタンは立ち上がった。もう一度、草木のこんもりとした様子をみつめ、公園のある高台を下り、迷いなく歩き出す。
いつの間にか早足になり、近づくほど「あの家」の壁が高くせり上がってくるように感じた。「家」は見えなくなり、「壁」だけになる。壁沿いに見上げると、高い位置まで伸びた蔦がちょろりと覗いていた。
スタンは、古く痛んだ小さな門扉を壁の端にみつけた。周囲に人目がないのを確認して、そっと扉を押してみる。乾いた音を立てて、扉が奥に動いた。
鍵が掛かっていないことを確信して、家の敷地内へと体を滑り込ませた。門扉から玄関に続く敷石の外は腰あたりまで雑草が伸びている。次の関門は建物に入れるかどうか、だ。玄関扉までたどり着き、改めて家の様子を伺う。蔦に覆われた窓。玄関前に重なったままの枯れ葉。やはり、人が住んでいる温度は感じられない。スタンは鞄の中からいくつかの機器を取り出し、玄関扉の周囲に取り付けた。




