第19話 逃走
電子音が鳴り、スタンを拘束していた手錠が外れる。
スタンの両横に居た男達が何事かとスタンの方を見るが、間髪入れず、
『くらえーっ!』
という、マリアの声がウェアラブル端末から響いた。
男達は頭を押さえてその場にうずくまる。
「ナイス!マリア!すげえ!」
言いながらスタンは、公園の出口に向かって走り始める。
「待ちなさい!スタン君!!」
事態に気付いたトレイスが叫ぶが、スタンはその声を置き去りに、ただひたすら出口から坂を駆け下りて行くのみだった。
スタンが公園から逃げ出した後、トレイスは自分の端末が通話不能になっているのに気付いた。それどころか、まともに操作することもできない。
見ると、スタンを拘束、見張らせていた男達も頭を押さえてうずくまっている。
スタンは、走り出す前、誰かに声を掛けている様子だった。おそらく彼の作ったAIだろう。スタンの端末にAIの本体データがない可能性はもちろん考慮済みだった。しかし・・・。
「・・・まさか、私の端末にハッキングを?見たところ、手錠も外し、彼ら「転向者」の頭のチップも焼かれている・・・?」
目の前で起きたことを解釈しながら、トレイスは大きな焦燥感と責任感、そして悲しみに襲われた。
「まさか・・・、これほどまでに危険なものを作り出してしまったとは・・・。もう「教育」では済まないかもしれない・・・。」
彼は、彼の「上」に報告しなければならない。自分の教え子が、明確に、社会にとっての「悪」になってしまったことを。
公園からの坂を駆け下りたスタンは、できるだけ細い路地を通りながら走り続けた。高台の公園からは広い道が丸見えなことをよく分かっていたからだ。
トレイスの話しぶりからして、すでに自宅に手は回っている。父にはいろいろ隠しているようだから、父が危害を加えられることはないだろう。しかし、帰ることはできない。
2㎞ほど走り続けて、すっかり息の上がったスタンは、人目に付かない路地裏に入り座り込んだ。汗をぬぐいながら、呼吸を整える。
『大丈夫?スタン。』
マリアが心配そうに声を掛ける。
「・・・ああ、大丈夫だ。何か、とんでもないことになってるっぽいな・・・。」
『・・・そうだね。あのスタンを捕まえてた男達の体の中にあったチップ。管理領域を覗いてみたら、どうも脳みそいじくるためのものみたい・・・。』
「うぇっ!?」
マリアがさらりと言った内容にスタンは驚愕のうめきを漏らした。
言ってみれば脳改造。あのまま捕まったら、もしかしたらスタンにもそんなチップが仕込まれていたのだろうか。
「本当に捕まらなくて良かった・・・。マリア、家に残してきたノートPCのデータも消去しとくことってできるか?」
『うん、いけるよ。・・・ちゃんとPCをシャットダウンしないスタンのいい加減さが功を奏するとはね。』
マリアの軽口に悪態を返す余裕もないスタンだったが、彼女のそうした態度が、冷静さを取り戻すためにも、前向きになるためにも助かった。
「・・・ひとまず、暗くなるのを待ってあの廃屋へ行くか。」
『そだね。やつら、あの家のことは把握してなかったみたいだしね。』
今後のことには不安しかなかったが、スタンはマリアがいればなんとかなるかもしれないと、もう元来の楽観主義的な考え方を取り戻し始めていた。




