第11話 彼のもう一つの「職務」
放課後の校内。窓の外はもう暗い。
他の教員がほとんど帰宅した職員室で、トレイス教諭は憂鬱な表情でPCに向かっている。
仮に同僚が彼のディスプレイをのぞき込んだら、校務ソフトとは違う見たことのないUIに首をかしげることだろう。
彼は、この職場・・・学校とは違う「上」への報告書を書いていた。
「上」への報告は、彼の職務上、必要なことであるし、彼は自分の仕事が社会に資することであると信じている。普段は何の問題もなくこなせる業務である。
しかし、それでも、目の前の画面上の報告書に、自分の教え子の名前を載せなければならないのは残念で仕方がなかった。その思いが、タイピングの手を止めさせていた。
トレイスの報告によって、「彼」はおそらく「特別教育」を受けることになるだろう。それは「彼」にとって苦しさを伴うものになるはずだ。
こうなる前に、自分が「彼」の進む道を修正することができなかったのは慚愧に堪えない。とはいえ、事態をこのまま放置することはトレイスの責任感が許さなかった。
「彼」の将来に対して、そして社会に対しての、責任。
「特別教育」によって「彼」が正常な判断力を取り戻してくれれば、きっとその過程の苦しみにも意味を見いだしてくれるだろう。そして、それが「彼」にとっても何よりましな未来なのだ。トレイスはそう自分に言い聞かせて、再びタイピングを始める。
この報告で、やがて組織が動き出す。自分も準備を整えねばならない。
そう思い直したトレイスの手はもう止まらない。教師でもあるトレイスは、せめてもの誠意として、「彼」を「特別教育」に導く役割は自分が負うべきだ、と考えていた。




