二「金属の森」
私は来た道を戻り、無残にも鉱物の樹の枝に引っ掛かるヘリを見上げていた。おそらく十五メートルほど上で引っ掛かっているだろうか。真下にはひしゃげた鉄板や破片が散らばっていて、割れた窓ガラスから私は投げ出されたようだ。もしあの枝にヘリが引っ掛からなければ、もしあの窓が割れなければ、もし下が柔らかい土壌でなければ……私は死んでいた。不運と幸運の、順番の分からない連鎖が私をまだ生かしてくれていることを実感していると、バイザーの端に映る酸素残量の表示が黄色に変わっていることに気が付いた。すでに半分を切っている。急がねば。散らばる破片の中からカーボンロープを見つけ、集めようとして力任せに引っ張ってみたがどこかに引っ掛かっているようで、切ってしまうことにした。腰にぶら下げたダイヤモンド加工のナイフを取り出し、ロープを左手でぴんと張って刃を押し当て削り切る。繊維に沿って刃をいれるが頑丈な炭素が拒み上手くいかない。落ち着いてもう一度……。何度か場所を変えてやっと切れた。次にロープの端にそこらで転がっている小石を結んだ。この時、面白いことに気が付いた。小石を持ち上げると黒い泥が糸を引き、ぬらりと伸びて切れた。足元を見てみるとブーツや脛辺りにも泥が纏わりつき、僅かに蠢いているようだ。おそらく電気に反応しているのだ。私はこの不気味な現象に高揚していた。学者ではないが惑星探査の醍醐味は冒険や絶景の発見に加えて未知との遭遇だからだ。この惑星にも解明しきれない何かがあるはず。そのためには、長年連れ添ってきた相棒たちが必要不可欠だ。小石を結んだロープをカウボーイのように回し、ヘリに向かって投げた。この時小石はこびり付く泥のせいなのか空気に押されたせいか、ふわりと軌道を膨らませ、頼りなく割れたガラス窓に吸い込まれた。私はそれを不思議に思ったがとりあえず小石がどこかに引っ掛かることを願い、ロープをそっと引くとするりと落ちてきてしまった。次に落ちている枝……鋼鉄なので出来るだけ細く、短いものを探し出して、それを槍投げのように窓に投げ込むと今度はどこかに引っ掛かり、ぶら下がれるようになった。やはり普通の樹ではないから人間一人の重さなどどうということはないようだ。(もっともヘリ一機をあの細い枝で支えられるほど強度があることは見れば分かる)ここからの作業がかなり応えた。重力は地球とさほど変わらないにしても軽量型探索宇宙服の重量は中々のものだ。ぶら下げていたり、収納していた小物類を外しても単体で三十キログラムはある。しかし冒険や新発見への興奮が私の筋組織を奮い立たせた。何度か手を滑らせながらも機内へ侵入し、ヘルメットの内蔵ライトを点けた。すると、中はハリケーンが通り過ぎた後の納屋のように荒れていた。私は慎重に足を運び、探査用品を探しだした。
微粒子増幅灯。空気中に流れるガスを可視化出来る。案外使える。
電磁式無電灯。プラズマや放電地域で勝手に点く。普段はあまり活躍の場はない代物だがピュレネフの環境下であれば半永久的に使える。
吸着縄。微弱な電気を流すことで物質に吸着する。
螺子刺鉤爪。関節のある鉤爪が壁面の凹凸に関係なく刺さる。登攀には必要不可欠。
流動楔。内部に特製のシリコン液が入っていて、差し込んだ後に内部に注入される。差し直しが出来ないため、注意。
測地連動杭。等間隔に地面に差し込む。調査可能な範囲は半径五十メートルほどで狭いが、無人機測定やレーダー測量より正確で、なにより調査結果の算出が早い。
その他色々な道具を見つけた。そして、万能リュックサック。採取キットに方位磁針、地図もマーカーもあるし、今一番重要な手動酸素生成筒。そして行動食。全てを何とかまとめ、外に下ろしてから最終確認で機内を見渡しヘリを後にした。
「ごめんね。ここでお留守番しておいて」
最後まで私を守ってくれたヘリに、私はそれだけ言って森の奥へと歩きだした。
この森は歩けば歩くほどに未知と人智を越えた新発見をもたらした。黒い樹に近付くと、樹皮を人差し指で軽く押し、下から上へ目線を移した。そして手のひらを当てた。この樹には雨風に曝され、日差しを受けて年輪を刻むような木肌が見られない。あるのは弾力と滑らかに黒光りする表面だけ。この命を感じないはずの樹。だがなぜか、どうしてと聞かれても答えられない温かみがあった。それは使い込まれた機械に宿る愛着や哀愁のようなものだろうか。この森には主人が居るのか。そしてその主人を未だ待ち続けているのだろうか。私はそんなことを想いながら、手帳を取り出し書き込んだ。この手帳は私が回収業を生業にし始めた当初から使っているもので、今まで訪れた惑星で見た不思議なものについて書き留めている。そしていつものようにその手帳に金属の森の様子を書いていると、革が滑り気を帯びていることに気が付いた。そして頁の端が焦げている。その時、ラムが言っていた言葉を思い出した。
「酸性の霧に高湿度で金属の粒子が舞ってるってなると革製品なんて数分で使い物にならなくなる。腐って、崩れるよ。気に入ってるのはわかるけど電子手帳を持っていくといい」
ここは地球ではない。科学は万能ではないし、記録も永遠ではないのかもしれない……でも、それでも心だけではない何かに留めておきたいのだ。
私は急いで手帳を密閉袋の中に入れて、しまった。その時、微かに通信が聞こえた。
「……――聞こえるか? ……通信が復活したら応答してくれ……。聞こえるか? 応答してくれ」
霧が晴れたと同時にラムからの通信が聞こえるようになった。が、私はラムが必死に喋っている様子にわざと答えないでいた。
「聞こえるか? かれこれ二時間は喋ってるぞ。応答してくれ。そろそろ限界だ……」
笑い声がラムに届かないように必死に堪える。
「仕方ない。そろそろ僕の交換部品も少なくなってきたから、君の部屋に飾ってある映画のポスターを剥がして――」
「ダメダメ。絶対ダメ! ポスターでどうやって……。あ……」
「三十六秒前から君の悪趣味な鼻息が聞こえていた。無事で良かったよ。怪我はないか」
「やられた。うん。ちょっと服に穴が開いたぐらい」
「頼むよ。迎えはすぐ行けないから、何かあったら早めに言ってくれよ。あと、端末は?」
「壊れちゃった。電子手帳なら無事だけどね」
左腕のひび割れたパネルを見ながら答えた。
「そうか。じゃあ、目標の場所に食料と一緒に簡易設備も落とすから、それまでなんとかしてくれ。空いた穴の箇所と補強方法は?」
私は暑苦しいほどのラムの心配具合に肩を落とした。
「大丈夫だってば」
「……分かったよ。まずは現在地の確認をしよう。〝こちらに届いてる〟君の居場所がD区画f‐4の南。そこから南を基準に十四度北東に――」
私は少しだけ足取りを弾ませながら胸ポケットに入れた紙製の地図を取り出した。この紙もどれほど保つか分からない。そしてポーチからペンを取り出し現在地と目的地、オリヅルの信号の発信源を書き込んだ。
ピュレネフの地表は厚い層雲によって外部から確認が出来ない。しかし大まかな地形情報は探査前に行った母船からのレーザー高度測定である程度は予測出来ていた。そして消息を絶つ前のオリヅルからの局地的な詳細情報を掛け合わせたものがヘリや左腕の端末に落とされていた。だがここで無視出来ないのがピュレネフは電磁波の吹き荒れるプラズマの惑星であること。レーザーは乱れに乱れてしまう。この条件下では雷雲の中で懐中電灯を点けて地形を見ようとしているようなものなのだ。そこでオリヅルの情報は非常に役に立った。オリヅルは惑星へ突入し、層雲を抜け、墜落した。最後の通信は層雲を抜けた後のもので、救難信号は今いるクレーターの内部から発せられている。つまり母船からはクレーターがどこにあるかを調べれば良かった。だが実際は嵐に吹き飛ばされ、クレーターの位置も予測とは少しずれた場所で、そして金属の森……惑星探査は足で稼ぐ仕事ということだ。それには卓越した科学技術でも高性能の探査機でもなく、人の、それも経験豊富で現役の力がいる。
彼女は――玄人の回収屋だ。
実際の地形と地図を照らし合わせながら手書きで修正していると酸素残量の表示がもう赤色に変わっていて、私はすぐにリュックサックを下ろした。そして側面に貼っておいた酸素生成筒を取り外した。充填された量は満タンを示している。およそ三十センチメートルほどの筒には折り畳み式の取っ手が付いていて、それをただ回す。この小さく地道な操作で内部の反応が始まり、同時に酸素が耐圧容器へ送られる。これは私の生命線、酸素の生成だ。回している間、私は書き記した手帳を見返していた。
――〈金属樹〉:姿形に差異はあるが、種類は全て同じに見える。太さも誤差程度で、削りだした柱のように均等。高さは目視で二十メートルほど。時間で成長するのは葉と幹の数? 酸素ではなく、電気を蓄えている? 根元に青白い苔が付着。
〈重膜葉〉:薄い金属膜の二重構造。若い葉は虹色で古い葉は赤錆びている。酸性の霧ですぐに酸化すると推測。循環のための機能かもしれない。
〈電導泥〉:電気に導かれる。まとまりを失うと、砂のように変化。乾いてるのか湿ってるのか曖昧。比較的光が当たる部分では黄土色に変化。変色具合は水分量?
〈鋼鉄岩〉:見た目の割にとても軽い。森全土に存在し、金属樹の根がこの岩に溶けるように張っている箇所も確認。金属樹は鉱物から何かしらの栄養を受け取っていると推察――
途中で手が疲れ、反対の手に持ち替えもう一度回す。ただひたすら取っ手を回す。
「そこがクレーターなのは間違いないんだよね? 落ちた崖、見える?」
ラムがそう言い、私は来た道の奥に目をやって目を凝らした。しかし霧が濃くて見えない。
「うーん……よく分かんない。そんなことよりこれ見てよ。信じられる?」
「宇宙服の映像はノイズが酷くて見えないよ。受信率はたったの八パーセントなんだ。静止画送信に切り替えてくれればその金属の森とやらを見れるよ。まあ、あり得ないけど」
宇宙服には視界共有のために即時送信のカメラ機能が備わっている――私はラムのあり得ないという言葉に苛立ちカメラを無言で切り替えた。そしてしばらくして、
「写真を分析する限りだけど、黒い金属樹は炭素系素材に似た六角格子のハニカム構造が樹皮を覆ってるね。これが自然に出来たなんて信じがたいよ。光を吸収したり利用してるのかもしれない」
ラムはいつもより少し早口だ。ロボットのくせに興奮しているよう。先ほどの様子はどこに行ったのか……私はラムの推測を電子手帳に手書きした金属樹の図に書き入れた。
「天然の太陽光モジュールってこと?」
私が言うと、
「うん。けど発電だなんて考えにくいよな。根はどう張ってる?」
ラムの質問に私は樹の根元を辿り、赤錆びた葉をどかす。すると根は泥に沈み、地中まで張っているようだ。
「下に張ってる。図鑑に載ってるような普通の樹と同じ。地下鉱脈まで伸びてるとか? 葉っぱはどう?」
「酸化した金属の薄膜の二重構造……鉄の結晶が流れてる。何を運んでるんだろう」
「酸化は、この大気じゃ二酸化硫黄と……放電する酸化性の粒子? 樹も葉っぱも何を作ってるの」
「これは科学的に説明しきれないね。まるで金属が生命活動をするために進化したようだ」
「元々地球みたいに森があって、その上にコーティングされたとかは? 酸性で金属が混じる雨が数世紀降ったとかさ」
「いや、それはないな。まずピュレネフに森なんてあるはずないんだ。生命があったとしても菌のような……バクテリアさえ生まれるのは厳しい。そんな非科学的な方向を加味すると正確な分析が出来なくなる」
「ラム……? それでも?」
この時私はヘルメットの奥で悪い笑みを浮かべていたと思う。
「でも……いやいや。待て。もっと資料と惑星情報を送信してくれ。オリヅルの信号まではまだまだ距離があるだろう?」
「分かったよ。楽しみに待っていて」
ラムと金属の森を考察しながら座り込んでひたすら酸素を蓄えること約十五分。やっと四時間活動できるだけの量を蓄えた。ジンジンと痛む両手を握り、また開く。何度かこれを繰り返してから筒をリュックサックの側面に貼り直した。
「ちなみに残念なお知らせだけど、聞く?」
歩き初めてすぐ、ラムが言う。
「後で良いことになるなら」
「そうならないから残念なんだ。夜までに簡易設備を送れそうにない。君は恐怖の森で一夜を過ごすことになる」
ピュレネフには層雲が邪魔をすることで恒星光は届かない。しかしプラズマ放電の強弱や場所によって一時的に地球の夜のような状態がある。これを明時(昼)、滅時(夜)と呼ぶ。
「なんでよ。私の上を通るのは何分後?」
「四十六分後。目的地からずれたのもあるから一日待ってくれれば大丈夫なんだ」
「夜までは何時間?」
「……三時間十二分。誤差は三十分くらいかな。それと……――」
抑揚のない合成音声。しかしラムは何かを感じ取っているかのように、静かに喋りだした。
ラムの推測によればこの森は大昔の隕石衝突によって出来た巨大クレーターの底で、ヘリの高度が急激に下がった理由もこのクレーターの端の盛り上がった縁の部分。隕石の衝突は黒曜の大地の地下に存在する磁性鉱物層を露出させ、悠久の時の流れが金属の森へと姿を変えたのではないかとのこと。また、通信が安定したのは地質が他と違うからだとふたりで結論付けた。しかし、まだまだ考察すべきは、これは本当に森なのか。たまたま形成されたものなのか。それとも〝構造物〟なのかだった。
「これ、どう報告するの? ラム」
私が言った。
「実は定期報告はもう五回も無視してるんだ」
ラムが会社からの報告を無視する時は大概が私のことを考えている時だ。彼が私の補助要員として派遣されてきてから付き合いはもうすぐ八年になる。(私が冷凍睡眠されている間に過ぎた年数は数えるとキリがないので省く)思い返せば彼は……始めから少し変だった。
探査機の回収業という仕事は、少し奇妙な事情がある。大航海時代に溢れんばかりの探査機を製造した宇宙造船会社は実は今、大半が廃業している。そのため回収専門業は国営事業であったり、大手航宙産業の下請けだったりする。ラムは下請け会社で働く私の元へ派遣された国営事業の社員だ。こうなったのもかつて人類が黄金の国や新大陸を夢見たように宇宙にロマンを求めすぎたからだった。人が降り立てる惑星や移住可能な恒星系。資源不足を解消する万能物質――それらは無かった。少なくともまだ発見されていない。二世紀もの時間と膨大な資金、人材、高度な科学技術をいたずらに放り出して発覚したのは旧知の事実、宇宙は広くて厳しいということだけだったのだ。
ラムと初めて会った時は確か、私が母船でまだ見習いをしていた頃だった。
太陽系周遊の試運転航行を終えた母船は大西洋の石油プラント近くで停泊していた。わざわざ外装天蓋を取り外した甲板で、私は陽射しを浴びながら汗だくでモップ掛けをしていた。人力でやる必要なんてないのに当時の船長は、「宇宙に出るんだ。帰ってくる場所で人に世話してもらう。それがコイツの寿命を伸ばすんだ」と立派な顎髭をさすりながら豪語していたそんな船長は、船員達からは黒ひげティーチとあだ名をつけられていた。
もはや自分の汗を馬鹿みたいに拭いてるんじゃないかと思っていた時、彼が現れた。
「こんにちはお嬢さん。精が出ますね」
そう言って私に日傘を差した彼は人間と区別がつかないほどの高性能な肌を持っていて、綺麗な焦げ茶のスーツを来ていた。私はキザな機械野郎めと思ってよく覚えていた。だから、数年後に彼が私の元へやって来たときにすぐに彼と分かったのだ。あの時の見た目とはまったく違う、使い込まれて色褪せたラジオのような古臭い恰好の彼に。
「こんにちはお嬢さん。その後お変わりはありませんか?」
あの時の高性能な肌はなく、産業ロボットのように剥き出しの身体の彼でも、中身はそこまで変わりがないように見えた。しかし、あの時とは……そう。精ってものがなかったのだ。そして私がぶっきらぼうによろしくと返事をすると、
「あなたの仕事は帰ってくることです。母船にも、地球にも……だから僕はそれを全力で手助けしますから」
本当に変だった。ロボットはそんなこと言わない。まるで、死なないで下さいと言っているようだった。その時私は慕っていた船員が惑星探査の事故で帰ってこなかったせいで見習いから正社員になったばかりで、少し……愛想がなかったと思う。彼のその言葉も無視して冷凍睡眠用のポッドに行こうとすると、彼は急に私の腕を掴んで、
「次の惑星について計画を練りましょう」
私は彼のその気味の悪さに耐えきれず力任せに腕を振り払い怒鳴った。
「あんたと話すことなんてない! 私は私の仕事をする。そのためにはさっさと寝ないといけないんだよ!」
私はそれから妙に気持ちが落ち着かず、ポッドではなくて寝室で寝ようとした。しかし寝付けずに、小腹を満たそうとリビングに向かうと彼は窓から宇宙を眺めて、いや、宇宙を睨み付けていたのだ。彼にこの数年の間に何があったのかはその後に知ることになるがあの時私はそんな彼の背中をみて無性に、信頼が出来る。と理由もなしに、そう思ったのだ。
時は戻り、ピュレネフ。
「ラム……私はラムが私を無事に帰してくれるって信じてるし、私も絶対に帰るって決めてるよ」
私は先にそう言った。ラムがあの時と同じように帰ってこいと言う前に。すると少し間を開けて返事が返ってきた。
「……そうだよな……もし、その金属の森が……古代文明の跡で、その……地球外文明だったりしたらサルベージは即中断だ。オリヅルは回収出来ないし君はもう二度とピュレネフには降りられない」
ラムが憂いたのは私が文明という巨大組織に飲み込まれてしまうことだったようだ。
「なるほどね! じゃあ死んだことにしちゃおうよ」
こういう時は大体、押し切れば背中を押してくれるはず。
「……なに縁起の悪いことを言ってるんだ。止めてくれ」
「後で報告すればいいよ。ピュレネフがヤバい惑星だってことは会社も分かってるし、なんやかんやでオリヅルは回収出来たけど惑星情報と調査結果は紛失しましたって感じでさ」
――ラムは彼女がそう言うことを予測していた。ここで自身が頷いてしまえば彼女は冒険に夢中になってしまう。この冒険好きが大昔の映画の影響だということを知っている。彼女の部屋に飾ってあるポスターは若かりし頃のハリソン・フォードが小麦色の胸をはだけさせて鞭をふるっている冒険映画のポスターで、母船で彼女の帰りを待っている最中、何度もこのポスターを睨みつけては乱暴に引きはがす機会を伺っていた。彼女が生粋の職人で、回収任務そっちのけで冒険を楽しむなんてことがないのは分かっている。だがそこにもう二度と帰ってこれない日が訪れてしまう可能性があることも一日でも忘れたことはない。
それでも、彼もまた――玄人だ。情報収集に解析、計算、回収者の随時補助。彼が、彼こそが彼女を救っていると言っても過言ではない。機械だとしても。命なき歯車の姿だとしても。彼は誰よりも人間らしく彼女を支える。
「分かったよ、ユーラシア。君に従おう」
「絶対帰ってくるから安心して。ラム!」
ピュレネフに夜が来る。光が蠢く厚い雲の下、金属の森の最奥でオリヅルは眠っている。彼は最後に何を見たのだろうか。
それを知るため、私はまた歩き出した。




