真夜中の熱と、薬師の決断
【真夜中の熱と、薬師の決断】
その夜。
シオンがニーヴの薬を飲んで、早めに寝た。眠気が来るのが早かった。
あたしも、自分の部屋で——ノートを開いた。
ニーヴの観察を、書き留めた。
「紋様の色変化:青→紫がかった青」
「内側で活動中。根源エネルギーの取り込みが継続」
「夜の発熱の原因」
「変異リスクあり」
「対処:根源吸収を遅らせる薬。眠気・味覚鈍化の副作用」
「ニーヴ:『ありがとう』を受け取らない理由——カイ」
ペンを置いた。
窓の外、月が出ている。下層の屋根の上に、青白い光。
ふと——薄壁の向こうで、シオンの寝息が、少しおかしい。
いつもの穏やかな寝息じゃない。早い。短い。
起き上がる気配。布団がめくれる音。
「シオン?」
あたしは、壁越しに声をかけた。
「——イグリット、さん」
シオンの声。寝起きじゃない。何かに耐えている声。
「どうした」
「ちょっと——熱が、また」
あたしは、すぐに自分の部屋を出た。
ニーヴの部屋のドアもノックした。
「ニーヴ。シオンが——」
「来とる」
ドアが開いた。
ニーヴは——まだ起きていた。寝間着姿。だが、薬瓶ベルトは外していない。
「予想しとった。シオンの紋様、薬の効きが遅れる体質や。今日は——強めの薬がいる」
ニーヴが、別の薬瓶を取って、シオンの部屋に走った。あたしも続いた。
シオンが、ベッドの上で、上半身を起こしていた。
右腕の布が——汗で湿っている。
布の下、紋様が——青く光っていた。前回より、強く。
「シオン、横になって」
ニーヴが指示。シオンが、すぐに横になった。
ニーヴが布をめくった。紋様が、肌の下で、脈を打つように光っている。
「熱、どれくらい」
ニーヴがシオンの額に手を当てた。
「——38度8分。高い」
ニーヴが、薬瓶を開けた。今度のは——濃い緑色の液体。
「シオン。これ、飲めるか? 苦いで」
「飲めます」
シオンが、薬を飲んだ。ニーヴの言う通り、苦そうな顔をした。
数分後。
紋様の光が——少しずつ、薄くなり始めた。
シオンの呼吸が、落ち着いていく。
ニーヴが、ベッドの横に座って、シオンの脈を測りながら言った。
「これで一晩はもつ。明日もっと根本的な対策を考える」
「ありが——」
「あかん。言うた」
シオンが——苦笑して、目を閉じた。
しばらくして、寝息が、穏やかに戻った。
あたしとニーヴは、ベッドの横で、しばらく黙っていた。
「ニーヴ」
「何や」
「正直に教えて。シオンは——どれくらい、もつ」
ニーヴが、シオンの寝顔を見ながら、答えた。
「薬で対症療法できる。だが根本治療やない。紋様の活動を止めるには——根源そのものへの介入が必要や。今のうちの腕では対処できへん」
「期限は」
「これも、5年もたん」
あたしの中で、二つの「5年」が並んだ。
あたしの指輪:5年もたない。
シオンの紋様:5年もたない。
偶然の一致じゃない。
あたしたちは——同じ崖の上に立っている。
ニーヴが、立ち上がって、ベッドから少し離れた。
「うち、外に行く話を聞いた。世界規模調査やろ」
「そう」
「うちも、行く」
「決めるの、早い」
「早くないと、間に合わん」
ニーヴが、シオンを振り返った。
「この子の体、5年もたん。けど各地のダンジョンを回れば、根源に関する手がかりがあるかもしれん。うちは——間に合いたい」
「間に合いたい——」
「カイの時は、間に合わんかった」
ニーヴの声が、少しだけ、震えた。
あたしは——黙って、頷いた。
「ニーヴ。——あたしたちのパーティに、入ってくれる?」
「入る。よろしく」
あたしは、手を出した。
ニーヴが、握り返した。
握る力が、強い。
医者の手だ。生かす手だ。
窓の外、月の光が、3人の影を作っていた。
明日から、3人になる。
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