紋様と、薬師の眼
【紋様と、薬師の眼】
翌朝。
ニーヴが、あたしとシオンの部屋に、朝食の少し前に来た。
「シオン、検診や」
「あ、はい」
シオンが緊張で声が裏返った。
ニーヴが、それを見て、ふっと笑う。
「緊張せんでええ。診るだけや」
あたしも、シオンの部屋に同席した。シオンが——一人で診せるのは、まだ、不安そうだった。
ニーヴが、シオンの隣に座って、まず、シオンの右腕の布を見た。
「これ、新しい布やな」
「はい。——ゴルドさんに作ってもらいました」
「蒼鉛石入りやろ。遮蔽性能、ええはずや」
「分かるんですか?」
「色と織り方。それと布から漏れる魔力の量。——ほぼゼロやから遮蔽が機能しとる証拠や」
ニーヴの目は、シオンの布をすでに分析している。
「布、ほどいてええ?」
「あ、はい——」
シオンが布をゆっくり外した。
右腕の青い紋様が、肌の下に、うっすらと見える。
ニーヴの目が、変わった。
眉間の皺が、深くなった。観察眼が、最大限に開いた状態。
ニーヴが、紋様に指でそっと触れた。シオンの皮膚に、指先だけ。
「——色」
「色?」
「紋様の色が変わってきとる。前は薄い青やったやろ。今は青が濃くなって、一部紫がかっとる」
あたしの中で、何かが冷たくなった。
シオンは、自分の腕を、よく見ていなかった。毎日布で覆っているから。
「シオン。これ、知ってた?」
「えっと——色が変わったかどうかは分からなかったです」
「最近、熱を持つことは?」
シオンが——少し、目を逸らした。
「……たまに夜、熱くなる時が」
あたしの中で、計算が走った。
昨日の夜、壁越しに聞いた——「また、熱が」。シオンが独り言で言っていた。
ニーヴが、自分の薬瓶を一つ取った。透明の液体。
「これ、一滴だけ紋様に垂らしてええ? 刺激ないし、反応見るだけや」
「あ——はい、お願いします」
ニーヴが、薬を一滴。
紋様が——一瞬、青く光った。それから、薄く戻った。
ニーヴが、首を傾けた。
「やっぱりや」
「やっぱり、何」
あたしの声が、つい、強くなった。
「あんたの紋様、内側で動き始めとる。外見やのうて奥でや。——根源エネルギーの濃度がここ数週間で上がってる」
「根源——」
「あんた、深層に行ってから紋様を使ったやろ。それ以来、紋様の活動が止まってない」
シオンが、青い顔をした。
「止まってないって——どういうこと、ですか」
「あんたが意識しとらん時にも紋様が動いとる。根源エネルギーを少しずつ取り込んでる。それが夜の熱や」
ニーヴが、シオンの肩に手を置いた。
「シオン。ええか。これ——悪化したら変異する」
部屋の中の空気が、また、止まった。
「変異——」
シオンの声が、震えていた。
あたしの心臓が、一拍、強く打った。
「対処法は」
あたしの声。
「ある。けど、簡単やない」
ニーヴが、自分の薬瓶を全部見て、一つ選んだ。
「これは根源エネルギーの吸収を遅らせる。完全には止められへんけど、夜の熱が出にくくなる。今夜から飲んでくれ」
「副作用は」
「眠気と、味覚の鈍化」
シオンの太陽みたいな笑顔が——少し、苦笑になった。
「料理、しにくくなりますね」
「料理しろ言うてないやろ」
「あ、すみません」
ニーヴが、頭を抱えるような仕草をした。
「あんた、ええ子やな。せやから——うちがちゃんと診たる」
シオンが、ぺこ、と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「『ありがとう』はあかん」
ニーヴの声が、ふと、低くなった。
「うちには、『ありがとう』はあかんねん。覚えとき」
部屋の中、シオンが、口を開いて、閉じた。
あたしも、何も言わなかった。
ニーヴが、薬瓶をシオンに渡して、部屋を出ようとした。
「ニーヴ」
あたしが、止めた。
「何や」
「ありがとう」
ニーヴが、振り返って、こちらを見た。
しばらく、お互いを見つめた。
「『ありがとう』、あかん言うたやろ」
「あなたが言ったのは、シオンに向けて」
「——あんた、計算高いな」
「計算が、得意」
ニーヴが、肩を揺らして笑った。豪快に。
それから、部屋を出た。
シオンが、あたしを見た。
「イグリットさん。ニーヴさん——いい人、ですね」
「うん」
あたしも、頷いた。
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