指輪と、自殺行為
【指輪と、自殺行為】
ギルドからの帰り道で、ニーヴが言った。
「あんたら、宿に着いたら検診や」
「——検診?」
「派遣前にもらった資料に目を通してきた。深層調査の同行者は出発前検診が必須や。書類仕事を片付けるだけや」
書類仕事。
でも、ニーヴの目が——書類仕事の目じゃない。
あたしは頷いた。
「いつでもいい」
「今や」
安宿に着いた。
ニーヴが自分の部屋に荷物を置いて、すぐにあたしの部屋に来た。早い。
部屋に入るなり、フリルベストを脱いで椅子の背にかけた。袖を肘まで捲る。
別の小さなバッグから——分厚い革のベルトハーネスを取り出して、腰と背中に固定した。たくさんの薬瓶と試薬管が、カチャ、と整列する音。
令嬢風の見た目が、一瞬で——薬師の姿になった。
袖を捲った腕に、細かい火傷跡が見えた。古いもの。調合事故の勲章。
検診道具を机に並べていく。聴診器、温度計、視診ライト、小さな血液採取針、いくつかの試薬瓶。
「服、脱がんでええ。腕を出して」
あたしは深紅のジャケットを脱いだ。黒のハイネックインナーの袖を捲った。
ニーヴが、まず、あたしの指輪を見た。
「これか。話に聞いてた」
「話、誰から」
「ギルド長。報告書にも書かれとった。魔力抑制装置。深層由来の合金。出力を半分以下に圧縮」
あたしは黙って頷いた。
ニーヴが指輪を、外側からそっと触った。
「外していい?」
「外せる。でも、外したら——」
「外さんでええ。確認しただけ」
ニーヴが、聴診器を出した。あたしの胸の音を確認する。聞いてる時間が、長い。
「心音、悪くない。だが——」
「だが?」
「ちょっと貸して」
あたしの右手首を取った。脈を測る。
「やっぱりや。脈の同期性が悪い。それと——指の冷え。微小血管に負担が出てる」
「微小血管」
「あんたの指輪、ずっと魔力を圧縮しとるやろ。圧縮された魔力は出ていく時に身体の細い管を傷つける。指輪が長期間あんたを生かしとんのは奇跡や。——いや、奇跡やない。あんたの精密制御の腕がそれを補ってる」
あたしの目が——少し細くなった。
わかっている人がいる。それは、不思議な感覚だった。
「で、結論は」
「結論。——今のままやと、5年もたん」
あたしの中で、計算が止まった。
5年。
シオンが、部屋の入口で、息を呑む音。
「ちょっと——」
シオンの声。震えていた。
「ちょっと待ってください。5年って——」
「シオン、待って」
あたしは、自分の手のひらをシオンに向けた。落ち着いて、の合図。
ニーヴは、その様子を見ていた。
「あんた、自殺行為や」
ニーヴの声が、低くなった。
「あんたの指輪、外したらええんちゃう? 別のもっと負担の少ない方法を考えたらええ。なんでこんな道具をわざわざ使い続けとる?」
「——指輪を外したら、計算外の何かが起こる」
「計算外。ええ言葉や。けど、それは——理由になっとらん」
ニーヴの目が、まっすぐにあたしを見た。
「同じこと言うたカイが死んだ」
部屋の中の空気が——止まった。
シオンが、口を開いて、閉じた。
あたしも、答えなかった。
ニーヴが、検診道具を片付け始めた。
「今日はここまで。シオンの紋様は明日見せて。あんたの——心の準備も明日まで」
ニーヴが部屋を出た。
ドアが閉まった。
部屋の中、あたしとシオンだけが残った。
シオンが——少し、震えている。
「イグリットさん」
「何」
「5年、って——」
「あの薬師の見立て。あたしの計算とは、まだ照合してない」
「でも——」
「でも、当たってる可能性は、高い」
シオンが、何か言いたそうにして、また、口を閉じた。
あたしも、左手の指輪を、見つめた。
今は——選択だ。あたしが、自分の意志で、はめている。
でも、その選択が——時間を削っている。
計算の中に、もう一つ、変数が加わった。
寿命。
毎日更新継続中。明日も同時刻に。
読者の皆様からの評価・ブクマという「報酬」が、執筆効率を劇的に跳ね上げます。
下にある☆☆☆☆☆のタップは、この物語への最も効率的な投資です。ぜひ支援をお願いします。




