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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ
割り切れない

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優先順位と、大陸の地図

【優先順位と、大陸の地図】


 ギルド本部の執務室は、前回と同じだった。窓が大きい。エルドヴァレスの谷が一望できる。


 ギルド長は——白髪の老人。穏やかな目。穏やかさの奥に鋭さがある。

 その目が、あたしとシオンを順番に見た。


「来てもらってすまない。掛けてくれ」


 椅子に座った。シオンも、隣に。

 上層の椅子は、相変わらず柔らかい。


「昨日の依頼書、受けてくれたな」


「はい」


「深層調査——応急封印の効果検証と恒久封印方法の調査。受注ありがとう。だが——その先の話をしておきたい」


 テーブルの上に、あの地図が広げられた。

 大陸全体の地図。赤い印が複数打たれている。


 あたしの目が数えた。前回は18箇所。今回は——23箇所。さらに5つ増えている。


「増えた」


「23箇所だ。先月から5つ増えた。フィルター劣化は、止まる気配がない」


 あたしの胸の奥で、何かが軋んだ。

 初めてこの地図を見せられた時は13箇所だった。次に見た時は18箇所。今、23箇所。止まる気配がない。


「対策チームは各地に派遣している。だが、人手が足りない。特に——おまえのような分析力を持つ人間が」


「わたしの——」


「だから前回、調査顧問の依頼をした。覚えているな」


「覚えています。各地のダンジョン調査に参加する、と」


「そうだ。だが——」


 ギルド長が、地図の中央付近を指した。エルドヴァレス。


「優先順位を明確にしておきたい。——まず、ここの恒久封印が先だ」


 シオンが横で身体を少し前に出した。あたしも、地図を見つめている。


「応急封印は3割減で機能している。だが根本的な解決にはなっていない。第5階の亀裂を完全に塞ぐ——その方法をまず確立する」


「方法は——」


「失われた古代技術だ。だから調査する。各地のダンジョンを、おまえたちの目で」


「各地——」


「だがいきなり大陸を縦断するわけにはいかない。まずエルドヴァレスで恒久封印に必要な情報と素材を集める。その過程で見えてくることがある。——順番だ」


 あたしは頷いた。

 計算上、それが合理的だ。エルドヴァレスのフィルター構造を最も把握しているのは——あたしたちと、ギルドの現地チーム。先に深く理解してから、各地のデータと照合する。それなら効率がいい。


「期間は」


「数ヶ月単位。素材集めと第5階の状況次第。早ければ3〜4ヶ月。長くて半年」


 半年。

 半年、エルドヴァレスにとどまる。


 シオンを横目で見た。シオンも、こちらを見ていた。

 その目が——少し、安心したように見えた気がした。


「シオンも」


「ん?」


「シオンも、一緒に行けるんですよね」


 ギルド長が頷いた。


「銅ランクの権限ではダンジョンの中層までだ。だがおまえの推薦とギルドの特別許可で、深層への同行は認められる。——パーティ『符号なし』として正式に登録されている。問題ない」


 シオンが小さく息を吐いた。


「——よかった」


 ギルド長が、その横顔を見て、一瞬だけ微笑んだ。


「もう一つ。派遣チームの編成中だ」


「派遣——」


「分析顧問のおまえだけでは手が足りない。薬師と技術顧問。2人、近く到着する」


「——わたしたちのパーティに、外部から人が加わるということですか」


「正確には調査チームとしての協力者。パーティ『符号なし』はそのまま。だが調査任務中は4人で動いてもらう」


 あたしは、少し考えた。

 外部の人間。それは——リスクと利益の両方がある。


「薬師は——なぜ必要なんですか」


「医学的支援だ。深層調査は身体への負荷が大きい。応急処置だけでは足りない場面が増える」


 あたしの指輪に、視線が——ほんの一瞬、向いた気がした。

 ギルド長は、知っている。あたしが第5階で指輪を外したこと。その時に身体に何が起きたか。


「技術顧問は——」


「刻印鍛冶師だ。古代の封印構造を読める数少ない人間の一人。第5階の恒久封印には、どうしても必要になる」


 刻印鍛冶師。

 その単語が、あたしの中で何かに引っ掛かった。指輪を作った——あの人物の、系譜に近い職能。


「2人とも、信頼できるんですね」


「保証する。——とくに薬師は気が強い。覚悟しておけ」


 あたしは少し眉を上げた。

 ギルド長が、今、笑ったように見えた。


「では——よろしくお願いします」


「うむ。深層調査の準備は3日のうちに整える。それまでに第5階の応急封印の現状をもう一度確認しておけ。データは資料室に揃えてある」


 あたしたちはギルド長の執務室を出た。

 廊下を歩きながら、シオンが小さく言った。


「——半年、ですね」


「半年」


「2人だけじゃなくなる、ですね」


「2人だけじゃない。——3人になって、4人になる」


「うん」


 シオンが、何か言いたそうにして、言わなかった。

 あたしも、それを察して、何も聞かなかった。


 階段を下る。下層へ。

 冒険者街に戻る頃には、もう昼が近かった。


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