準備と、新しい旅支度
【準備と、新しい旅支度】
世界規模の調査に出る前に、やることがある。
まず、村への最後の護衛——いや、パーティとしての物資輸送。当面、エルドヴァレスを離れるかもしれない。その前に、村の備蓄を十分にしておく必要がある。
「シオン。村への荷物リスト」
「はい。薬品3ヶ月分。食料2ヶ月分。砥石と補修材。——あと、トルテさんに頼まれた香辛料」
「重いな」
「荷車を2台にしましょうか。リィナさんも来てくれるって——」
「3人行か。——最後の街道行が3人。最初の3人行と同じか」
「最後じゃないですよ。——帰ってきますから」
「……そう」
最後じゃない。——シオンが言うと、そう聞こえる。
リィナが合流した。
「最後の街道行じゃねぇぞ。帰ってきたら、また3人で行くからな」
「シオンと同じことを言った」
「当然だろ。——で、荷物。これ全部運ぶのか?」
「全部」
「アタシの筋肉が悲鳴を上げるな——斥候の仕事は偵察であって荷運びじゃないんだが」
「荷運びもできる斥候は優秀だ」
「褒めてるのか使い潰してるのか——」
3人で荷物を積んだ。荷車2台。シオンが1台、リィナが1台。あたしは護衛。
街道に出た。朝日が綺麗だった。
角猪3頭。岩蜥蜴7匹。通常の数に近い。フィルターの応急封印が効いている。
シオンが角猪1頭、岩蜥蜴2匹を単独処理。リィナが呆れた。
「——もう1人で角猪いけるのか。3ヶ月前、追い回されてたくせに」
「あの時は——本当に死ぬかと思いました」
「今は余裕そうじゃねぇか」
「余裕じゃないです。でも——イグリットさんに教わったことが、全部使えるようになってきて」
シオンが嬉しそうに語っている。あたしは黙って聞いていた。
教えたのはあたしだ。でも、それを吸収して実力に変えたのはシオン自身だ。根源適合が成長を加速させているとしても——土台にあるのは、この少年の努力と誠実さだ。
渓谷を抜けた。村が見えた。
「——あ。畑が広がってる」
シオンが指差した。前回来た時より、耕作面積が増えている。
「ジグさんが拡張したんだ。——角猪の被害が減ったから」
村に着いた。ジグ、エルサ、トルテ。みんないる。
「3人で来たのか。——大荷物だな」
「3ヶ月分の備蓄です。——少し、エルドヴァレスを離れるかもしれないので」
ジグの表情が変わった。
「離れる?」
「ギルドの調査。世界中のダンジョンに——」
「世界中、か。——大きいな」
「大きいです。でも——必要なことなので」
ジグが腕を組んだ。
「わかった。——でも、帰ってこいよ。この村は、おまえたちの村でもある」
シオンが泣きそうな顔をした。トルテがシオンの頭を撫でた。
「泣くな。——まだ出発してないだろ」
「泣いてないです——」
「泣いてるでしょ」
あたしはエルサに薬品を渡した。3ヶ月分。
「エルサ。——何かあったら、ギルドに連絡を。あたしがいなくても、リィナが対応する」
「リィナちゃんが?」
「アタシは街道行が専門じゃないんだが——まあ、いいか。護衛くらいはやってやる」
リィナが肩をすくめた。
トルテが煮込みを出した。3人分。
「最後の煮込みだよ。——いや、最後じゃないね。帰ってきた時に、また作るから」
「ありがとうございます。トルテさん」
あたしは煮込みを食べた。うまい。いつも通り。
——いつも通りの味が、今日は特別に感じる。当たり前のものが、当たり前ではないと気づいた時に。
「おいしいです」
あたしの声が言った。
トルテが嬉しそうに笑った。
食事の後。トルテが奥の棚から、紙の束を取り出してきた。
「シオン。——これ、持っていきな」
「これは——」
「煮込みのレシピだよ。あたしのおふくろから、そのまた前から——伝わってきたやつ」
シオンが両手で受け取った。
「いいんですか。こんな大事なもの」
「あんたの方が若い手だろ。レシピは、若い手で使われた方が長生きするんだ」
シオンが紙の束を胸に抱えた。
ジグが奥から布包みを持ってきた。小さな鞘に収まったナイフ。
「俺の試作だ。——軽くて、よく切れる。素材処理にも、護身にも。銅ランクの相棒には、ちょうどいい」
「——ジグさん」
「持っていけ。返さなくていい」
エルサが薬包の束を渡した。
「打ち身、熱冷まし、止血。3ヶ月分。——どうせ、また無茶するでしょう」
「……すみません」
あたしは3人の村人を見た。
形見じゃない。生きている人が、生きている人に渡す——贈り物。
帰路。夕暮れの街道。3人で歩いた。
「——リィナ」
「何だ」
「あたしたちがいない間——よろしく」
「はいはい。エルドヴァレスと村の面倒は見てやる。——でも、長く離れるなよ。アタシの飯が不味くなる。シオンの弁当がないと」
「僕の弁当——」
「おまえの弁当は中毒性がある。禁断症状が出る前に帰ってこい」
シオンが笑った。リィナも笑った。
あたしは——2人の後ろを歩いていた。少し離れて。
背中を見ていた。リィナの短い髪。シオンの紺色の髪と白い一房。
3ヶ月前、1人だった。
今は——3人。いや、村の人たちも入れたら、もっと。
割に合うかどうかは——もう、関係ない。
毎日更新継続中。明日も同時刻に。
読者の皆様からの評価・ブクマという「報酬」が、執筆効率を劇的に跳ね上げます。
下にある☆☆☆☆☆のタップは、この物語への最も効率的な投資です。ぜひ支援をお願いします。




