トルテの煮込みと、村の夕暮れ
【トルテの煮込みと、村の夕暮れ】
トルテの煮込みは——相変わらずうまかった。
根菜と肉の煮込み。コトコトと半日かけて煮た、優しい味。スパイスが控えめで、素材の旨味が溶け出している。
シオンが隣でおかわりしている。3杯目。
「シオン。食いすぎ」
「だって、トルテさんの煮込みは——」
「おかわりあるよ、たくさん作ったから」
トルテが鍋を持ってきた。小さなおばあちゃん。背中は曲がっているが、足取りはしっかりしている。
「あんたも食べな、イグリット。——痩せたでしょう」
「痩せてません」
「痩せた。前に来た時より。——忙しかったんだろう。ダンジョンがどうとかって」
「……少し」
「少しじゃないだろう。ジグから聞いた。深層種ってのを倒したんだって?」
「チームで」
「あんたが主力だったんだろう。——すごいね。でも、無理はしちゃいけないよ」
トルテがあたしの頭を撫でた。
——撫でないでほしい。子供じゃない。17歳だ。
でも——撫でられると、何も言えなくなる。
「あんたたち2人、変わったね」
「変わってません」
「変わった。——前より、近い」
トルテが笑った。皺だらけの優しい笑顔。
「いいことだよ。人は1人で生きるもんじゃない」
シオンが「はい」と答えた。あたしは煮込みを食べた。
夕方。村の子供たちが遊んでいる。シオンが子供たちに囲まれた。剣の素振りを見せろとせがまれている。
「シオン兄ちゃん! あの技見せて!」
「あの技って——角猪を倒すやつ?」
「うん!」
シオンが木の棒で素振りをしている。子供たちが真似している。角度がめちゃくちゃだが、楽しそうだ。
1人の子供があたしの方に来た。女の子。6歳くらい。
「おねえちゃんも冒険者?」
「おねえちゃんじゃない。——冒険者」
「すごい! 魔法使えるの?」
「使える」
「見せて!」
あたしは指先に小さな光を灯した。赤い、豆粒ほどの光。子供が「わー!」と歓声を上げた。
「もっと大きいの!」
「大きいのは——村で出すと怒られる」
「ちぇー」
子供が走っていった。シオンの方に。「シオン兄ちゃんの方がすごい!」と言っている。
……負けた。子供の支持率で。
「イグリットさん、子供に人気ですね」
シオンが笑いながら言った。
「人気じゃない。1人。しかも、すぐあなたの方に行った」
「子供は正直ですから」
「正直に失礼」
ジグが柵の修理をしている。新しい木材を組み込んでいる。
「ジグさん。——村の状況は」
「だいぶマシになった。角猪が減ったおかげで畑の被害が止まった。作物も持ち直してる。——おまえたちのおかげだ」
「あたしたちだけの力じゃない。ギルドが動いた結果」
「ギルドを動かしたのは、おまえの報告書だろう。——シオンから聞いた」
あたしはシオンを睨んだ。シオンが目を逸らした。犬が悪いことをした時の目。
「——言わなくていいことを」
「でも、ジグさんが心配してたから——」
「余計なことを」
ジグが笑った。
「ありがとよ。——2人とも」
夕暮れ。村の西の空が赤く染まっている。
子供たちが家に帰っていく。ジグが道具を片付けている。トルテが鍋を洗っている。
平和な光景。3ヶ月前と同じ——いや、少し違う。
3ヶ月前は、この平和がいつまで続くかわからなかった。今は——少なくとも、しばらくは大丈夫だ。フィルターの劣化は止まっていないが、深層種の脅威は一時的に去った。
あたしは村の裏手にある小高い丘に登った。
星が出始めている。下層の安宿からは見えない数の星。
シオンが後からついてきた。
「——夜風、冷たいですね」
「冬が近い」
「もう3ヶ月ですね。——最初の護衛から」
「3ヶ月と17日」
「数えてたんですか」
「カウントダウンのデータがある。17日で報酬を計算した時の——」
「あの時の17日。——覚えてます。イグリットさんが『17日で銀ランクの依頼を受けられるようになる』って」
「言った。——結局、3ヶ月かかったけど」
「でも、銀ランクになりましたね」
「なった。——あなたも銅ランクになった」
星が増えていく。夜空が広がる。
あたしは——話さなければならないことがある。
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