8回目の街道と、2人だけの帰り道
【8回目の街道と、2人だけの帰り道】
パーティ登録の翌週。8回目の護衛依頼。
もう「護衛依頼」という名目ではない。パーティとしての最初の街道行。でも——やることは同じだ。シオンが荷車を引いて、あたしが護衛する。
街道は——静かだった。
渓谷の深層種がいなくなった影響。魔物の分布が正常に近づいている。角猪4頭。岩蜥蜴9匹。3ヶ月前の水準に戻りつつある。
「減りましたね」
「深層種の圧迫がなくなった。中層・浅層の魔物が本来の階層に戻り始めてる。街道に押し出される個体が減った。——でも、一時的」
「一時的——」
「第5階の亀裂は塞がっていない。ギルドが対策を検討しているけど、古代の封印技術は失われている。時間の問題で——また増える」
シオンが頷いた。暗い話だが、この少年はもう——暗い話から目を逸らさない。
角猪をあたしが処理した。精密魔力弾。素材に傷をつけない。
岩蜥蜴はシオンが3匹を単独撃破した。残りはあたしが処理。
「——シオン。動きが変わった」
「え?」
「以前より——速い。判断も。角猪の時は訓練通りだったけど、岩蜥蜴の3匹目——あれは訓練で教えてないパターンだった」
シオンが首を傾げた。
「自分では——よくわからないです。なんか、身体が勝手に動いた感じで」
根源適合。紋様の活性化を経て、シオンの身体が——変わり始めている。これまで蓄積してきた訓練と経験が、根源エネルギーの土壌の上で加速的に実力に変換されている。
でも、これは「覚醒」ではない。覚醒の入口。ここからが、本当の成長。
「——弁当、食べましょうか」
渓谷の手前で休憩。シオンが弁当箱を出した。
今日のメニュー。魚のハーブ焼き。野菜のピクルス3種。チーズオムレツ。パン2つ(ハム入りとチーズ入り)。
あたしは蓋を開けた。
3秒——フリーズしなかった。慣れた。このクオリティに。
いや、慣れたのではなく——「当たり前」になった。シオンの弁当がおいしいことが、あたしの日常の一部になっている。
「おいしい」
「ありがとうございます。——あ、今日は新しい味付けのオムレツなんです。風味のベースを変えてみて——」
「わかった。アンチョビ」
「——え。わかるんですか」
「わかる。前回は燻製チーズだった。その前は香草バター。——あたしの味覚のデータベースは正確だ」
「すごい……。イグリットさんの舌、精密ですね」
「舌も精密制御の範疇」
嘘だ。シオンの弁当だけ、妙に味の解像度が高い。他の食事では、ここまで細かく感知しない。
渓谷を抜けた。静かだ。岩蜥蜴も角猪もいない。でも——空白区画ではない。少しずつ、小さな虫や植物が戻ってきている。
「——回復してますね。渓谷」
「時間がかかるけど、フィルターが生きている区間は回復する。自然の修復力」
村が見えてきた。
柵が——新しくなっていた。ジグが直したのだろう。畑にも作物が見える。前回来た時より——生き生きしている。
「シオン! イグリット!」
ジグが門の前に立っていた。トルテがその後ろから手を振っている。
「おかえり。——荷物、多いな。今回は」
「薬品と食料と、柵の補修材と——あと、ジグさんへの新しい砥石」
「おう。——助かる」
シオンが荷物を降ろしている。エルサが薬品を受け取りに来た。トルテが「今日は煮込みだよ」と言っている。
あたしは村の入口に立って、その光景を見ていた。
3ヶ月前。初めてこの村に来た時。シオンがみんなに名前で呼ばれて、愛されていて——あたしは、それを「計算外の変数」として処理しようとした。
今は——処理しない。ただ、見ている。シオンが笑っている。村の人たちが笑っている。
それで、十分だ。
「イグリット。——入っておいで。煮込み、冷めるよ」
トルテが手招きしている。
「——はい」
あたしは村に入った。
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