新しい布と、ゴルドの仕事
【新しい布と、ゴルドの仕事】
ゴルドの店に行った。シオンを連れて。
「おう。——噂は聞いてるぞ。ダンジョンで深層種を2体倒したんだって?」
「1体はチームで。もう1体はあたしが」
「銅ランクがか。——まあ、おまえならそうだろうな」
ゴルドが棚から布を出した。藍色。シオンの母親の布と同じ色。
「蒼鉛石の粉末を染料に混ぜて染めた。濃度は——前の布を参考にした。あの時、繊維を持ってきたろう。あれと同じ配合にしてある」
シオンが布を受け取った。手で触れた。目を閉じた。
「……触り心地が——似てます」
「母親の手織りとは織り方が違うから、完全に同じにはできなかった。だが、遮蔽機能は同等かそれ以上だ。——いい仕事だろう」
「いい仕事です。——ゴルドさん、おいくらですか」
「12000レイドだ」
シオンが財布を出そうとした。あたしが先に金を出した。
「あたしが払う」
「え——イグリットさん、そんな——」
「あなたの布が壊れたのは、あたしのせい。あたしが第5階に連れて行った。——経費」
「でも——」
「経費。経理上の処理。感情的な意味はない」
ゴルドが「はいはい」と言った。リィナと同じ反応。この街の人間は全員、あたしの嘘を見抜くようになっている。
シオンが新しい布を巻いた。右腕に。肩から手首まで。いつもの巻き方。
あたしは——見ていた。巻き方を。
「……巻けた。——あ、ここの端を折り込むのが——」
「こう」
あたしが手を伸ばして、布の端を折り込んだ。渓谷の夜に覚えた巻き方。
シオンの手が止まった。あたしの手と、シオンの腕が——近い。
「——ありがとう、ございます」
シオンの声が小さかった。
「いい。——しっかり巻いておいて」
あたしは手を引いた。ゴルドが目を逸らしている。何を見ている。何も見るな。
店を出た。
「イグリットさん」
「何」
「母さんの布は——なくなっちゃいましたけど」
シオンの声が——少しだけ、震えていた。
「でも——この布も、大事にします。イグリットさんが準備してくれた布。ゴルドさんが作ってくれた布。——新しい形見です」
あたしは前を向いて歩いた。振り返らなかった。振り返ったら——顔を見られる。
「——形見って、生きてる人間に使う言葉じゃない」
「え? あ——すみません。えっと、じゃあ——」
「贈り物、でいい。ただの贈り物」
「贈り物。——はい。大事にします」
冒険者街の雑踏。夕暮れ。焼き肉の匂い。
シオンが隣を歩いている。新しい藍色の布が、夕日に照らされている。
母親の布は消えた。でも、遮蔽の布は残った。あたしが用意した素材で、ゴルドが作った布。
シオンを守る布。意味は同じだ。形が違うだけで。
「——夕飯、食べていきましょう。食堂で」
「食堂の定食は味が雑だ」
「じゃあ、僕が作ります。部屋で」
「……それでいい」
シオンがにこにこしている。太陽が沈みかけているのに、この少年の顔だけが明るい。
あたしは——安心していた。
指輪を外しても消えなかった。シオンの暴走を止められた。深層種を倒した。シオンの布を用意できた。
全部——うまくいった。合理的に。いや——合理だけではなく。
でも、まだ——終わっていない。
第5階の亀裂。根源エネルギーの漏出。深層種が吸収して進化する環境。あの亀裂を塞がなければ、また同じことが起きる。
そして——アウレクスが、この情報を知ったら。
レイゼルがあの廊下で——最後に言いかけて、口を閉じた言葉。あれが何だったのか、あたしにはまだわからない。でも、ヴァルディスが次に動く時は、もっと直接的な手段で来る。それは、計算でもわかる。
あたしの戦いは——まだ、半分も終わっていない。
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