小さな厄災と、3つ目の意味
【小さな厄災と、3つ目の意味】
ダンジョンから出た瞬間、日の光が眩しかった。
地上は——平和だった。何事もなかったかのように。冒険者街の喧騒。焼き肉の匂い。酒場から笑い声。
あたしたちは4人とも、ボロボロだった。
ガイルは左腕に包帯。リィナは膝を擦りむいている。シオンは——意外と元気そうだが、顔色が悪い。あたしは魔力切れで足がふらふらしている。
ハルグが第4階で待機していた討伐隊と合流。報告。
「深層種2体目——討伐完了。第5階の最奥部に、根源エネルギーの漏出点を確認。亀裂は未処理」
ハルグの表情が読めなかった。
「……根源エネルギー?」
「詳細はギルドへの報告書で出します。——今は、全員の治療が先です」
ギルドの医務室に運び込まれた。あたしとシオンが隣のベッドに寝かされた。
ポーションと魔力回復の鉱石粉末。あたしは鉱石粉末を舐めた。苦い。金属の味。
「——イグリットさん」
「何」
「すみません。布、燃えちゃいました」
シオンが右腕を見た。藍色の布は——第5階の暴走で焼失していた。紋様が丸見えだ。
あたしはシオンの右腕に、自分のジャケットの袖を巻いた。応急処置。
「ゴルドに頼んで、新しい布を作る。蒼鉛石の染料を——確保してある」
「え——いつの間に」
「あなたが安静にしてる間に。——念のため」
念のため。嘘だ。シオンの布がいつか壊れることを予測して、代替品の素材を手配していた。計算だ。
——計算なのか?
シオンが「ありがとうございます」と言った。表情パターン——もう番号は忘れた。ただ、いい顔だった。
医務室にガイルが来た。腕の包帯を巻き終えたらしい。
「イグリット。——聞いていいか」
「何を」
「あの力。指輪を外した後の。——あれが、おまえの本当の力か」
「……そう」
「アウレクスにいた頃、おまえは——あの力を隠していた」
「隠していた。指輪で抑えていた」
ガイルが腕を組んだ。しばらく黙って、それから言った。
「『小さな厄災』。——その名前の由来が、今わかった気がする」
あたしは何も言わなかった。
「小さな厄災」。アウレクスにいた頃、あたしにつけられた通称。周囲は、金ランクの戦闘実績に基づく呼び名だと思っている。
本当の由来は——8歳の暴走事故。町を壊した「小さな厄災」。
でも——今日、その名前に3つ目の意味が加わった。
「小さな身体で、厄災級の力を持っている。——文字通りだったな」
「うるさい。身長の話はするな」
ガイルが笑った。
「アウレクスには——報告しない。おまえの力のことは。ヴァルディスが知ったら——面倒なことになる」
「……ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない。共闘した仲間の秘密は守る。それだけだ」
ガイルが出ていった。
あたしはベッドに横になった。天井を見ている。安宿の天井と違って、白くて綺麗だ。シミがない。つまらない。
「——イグリットさん」
「何」
「僕——人間ですか」
シオンの声が、小さかった。
横を向いた。シオンがこちらを見ている。不安な目。紋様が全身に広がった時の感覚が——まだ残っているのだろう。
変異しかけた。人間の形を失いかけた。
「馬鹿。人間」
「でも、あの光が——全身に広がった時——自分が自分じゃなくなるみたいで——」
「あたしも同じだった。指輪を外した時。自分が消えるかもしれないと思った。——消えなかった。あなたも消えなかった。人間のまま、ここにいる」
シオンの目に涙が光った。こぼれなかった。堪えた。
「——あたしたちは同じ。前にも言った。同じだから——わかる。あなたは人間。紋様があっても。光っても。あたしが指輪を外しても暴走しなかったように——あなたも変わらない」
「……ありがとう、ございます」
「礼はいい。——休んで。回復が先」
シオンが目を閉じた。5秒で寝息が聞こえた。疲労の限界だったのだろう。
あたしは天井を見た。
左手の指輪。はめ直した指輪。重さは——同じ。でも、意味が変わった。
もう枷ではない。選択だ。あたしが、自分の意志で、はめている。
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