第5階降下と、最後の1体
【第5階降下と、最後の1体】
深層種1体の討伐。負傷者5名。うち重傷1名。
ギルドは戦果を評価したが——問題は残っている。片目の深層種が第5階に逃げた。そしてあたしたちは知っている。第5階の奥には「もっと大きい何か」がいる。
3日間の整備期間。負傷者の治療。装備の補充。
その間、あたしはシオンの紋様について考え続けた。
あの時——シオンが広間に入っただけで、深層種2体が怯んだ。紋様のエネルギーが、ダンジョン内の根源エネルギーと共鳴して増幅された。
つまり、シオンはダンジョンの深層に近づくほど——力が増す。根源エネルギーが濃い環境で、紋様の出力が上がる。
しかし同時に、制御が効かなくなった。エネルギーが暴走しかけた。あたしが逆位相で抑え込まなければ——シオンの身体がどうなっていたか。
「イグリットさん。第5階に行くんですよね」
シオンが訓練場で剣を素振りしながら言った。回復後の訓練は順調だ。角猪相手の動きは——以前より明らかに速い。
「行く。片目の深層種を放置したら、また上に来る」
「僕も行きます」
「——シオン」
「わかってます。前回みたいに、腕が暴走するかもしれない。でも——僕がいたから、深層種が怯んだんですよね」
否定できない。事実だ。
「それに——イグリットさんが、止めてくれた。あの時。腕を握って、エネルギーを抑えてくれた。僕は、イグリットさんがいれば——大丈夫です」
「あたしが大丈夫じゃないかもしれない」
「え?」
あたしは素振りを止めさせた。シオンの前に立った。身長差がある。見上げる形になるのが——相変わらず悔しい。
「深層種を倒すには、あたしの火力が足りない。指輪をつけたままでは。——外すかもしれない」
シオンの表情が変わった。
「外したら——暴走するかもって、言ってましたよね」
「可能性はある。地上なら建物が壊れる。ダンジョンの中なら——フィルターをさらに壊す。味方を巻き込む」
「でも——」
「でも、外さないと勝てない。計算上、指輪をつけたままで片目の深層種を倒す確率は12パーセント。外した場合は——計算できない。暴走のリスクを含めると」
「12パーセント——」
「低い」
シオンが黙った。
素振りの木剣を下ろして、あたしを見た。
「——イグリットさん。僕が暴走しかけた時、止めてくれましたよね」
「逆位相で——そう」
「なら、イグリットさんが暴走しかけたら——僕が止めます」
「どうやって」
「わからないです。でも——僕の紋様と、イグリットさんの指輪は、共鳴するんですよね。共鳴するなら——逆もできるんじゃないですか」
あたしは目を見開いた。
この少年は——計算ではなく直感で、核心を突くことがある。
共鳴。指輪の魔力と紋様のエネルギーが同期する。あたしがシオンを抑え込めたなら——理論上、シオンがあたしを抑え込むことも可能だ。逆方向の共鳴。
データがない。前例がない。理論の裏付けもない。
でも——あの広間で、確かに2人のエネルギーは連動した。
「根拠がない」
「根拠はないです。——でも、僕は信じてます」
「何を」
「イグリットさんは、暴走しない。あの時、指輪をしたまま『大丈夫』って言えた人は——指輪を外しても、大丈夫です」
——同じことを。また、言う。
「あなたの信頼には根拠がない」
「根拠がないのが信頼ですよ」
あたしは黙った。
合理的ではない。根拠のない信頼は、計算に組み込めない。
でも——この少年が「大丈夫だ」と言うと、計算よりも確かに聞こえる。
「……リィナに、第5階降下のことを伝える。明後日。準備ができ次第」
「はい」
「あなたは——来るな、と言っても来るんでしょ」
「はい」
あたしは溜息をついた。計算外の変数。最初からそうだった。この少年は、あたしの計算を——全部、壊す。
「なら——離れるな。あたしの10メートル以内にいろ。それが条件」
シオンが笑った。太陽みたいな笑顔。
「10メートル。——近いですね」
「戦闘の有効範囲。それ以外の意味はない」
「はい。そうですね」
シオンの笑顔が——少しだけ、違う色を帯びた。何の色かはわからない。計算では分類できない色。
あたしは背を向けて、訓練場を出た。
耳が熱い。訓練の後だからだ。——それ以外の理由はない。
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