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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


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素材回収の授業料

【素材回収の授業料】


 2体目の角猪は、出発から2時間後に現れた。


 今度はあたしが仕留めた後、シオンに解体をやらせた。


「もっと浅く。刃先を寝かせて——違う、そっちじゃない。根元。根元に沿って」

「こ、こうですか」

「……60点。牙の先端に傷が入った。これで買取価格が2割落ちる」

「すみません!」

「謝るな。次は気をつけろ」


 シオンは額に汗を浮かべながら、必死にナイフを操っている。手先は不器用だが、言われたことを忠実に再現しようとする姿勢は悪くない。2本目の牙は、1本目より明らかに綺麗に抜けた。

 学習速度は——まあ、普通だ。天才じゃないが、馬鹿でもない。何より、失敗を怖がらない。


「角はもっと難しいから、今回はわたしがやる。見てて」

「はい!」


 あたしは角の根元にナイフを当て、魔力を薄く纏わせた。刃に沿って微細な振動を起こす。骨との接合部が緩み、角がするりと外れる。

 シオンが目を見開いた。


「今、ナイフが光りませんでした?」

「魔力補助。刃に振動を加えて、接合部を緩めてる」

「魔法で素材処理の精度を上げてるんですか。そんなことできるんだ……」

「できるけど、普通はやらない。魔力の消費に見合わないから。あたしは燃費がいいだけ」


 嘘ではない。あたしの魔力制御は、指輪で抑制された状態でも精密さだけは本来のレベルを維持している。出力は半分以下だが、制御の繊細さは変わらない。むしろ制限されている分、無駄な魔力を使わない癖がついた。

 怪我の功名というやつだ。指輪のおかげとは死んでも言わないけど。


「次の角猪が出たら、牙の回収は全部シオンがやる。いい?」

「はい。やります」

「失敗したら、その分だけ今回の報酬から差し引く」

「え」

「冗談。半分は」


 シオンが安堵と困惑の入り混じった顔をした。あたしの「半分は」が、本気なのか冗談なのか判断できないらしい。正解は——あたし自身もよくわからない。たぶん7割冗談で3割本気だ。


 昼近くになって、街道の脇に小さな泉がある休憩所に辿り着いた。石造りのベンチが2つと、古い道標がある。旅人の休憩用に整備されたものだろう。


「ここで昼にしましょう。荷車も止められますし」


 シオンが荷車を道の脇に寄せ、車輪に止め石を噛ませた。手慣れている。この街道を何度も往復しているだけのことはある。

 あたしはベンチに腰を下ろした。ポーチから携帯食——味気ない干し肉のバーを取り出す。安宿の1階で買った、1本100レイドの携帯食。栄養はあるが、味は段ボールを噛んでいるのと大差ない。


「あの、イグリットさん。それ、お昼ですか?」

「そうだけど」

「よかったら——これ、食べませんか」


 シオンが背負い袋から包みを取り出した。布に包まれた弁当だ。開けると——。


 分厚いサンドイッチが4つ。

 焼いた鶏肉が2枚のパンに挟まれていて、肉の断面から肉汁がじわりと染み出している。パンの間からは、緑の葉野菜とオレンジ色のソースが覗いていた。香辛料の効いた、甘辛い匂い。

 隣にはチーズを練り込んだ小さな丸パンが3つ。表面がこんがりと焼けていて、割れ目からとろけたチーズが顔を出している。

 その横に、干し果物とナッツを混ぜた小袋。


「……これ、作ったの?」

「はい。今朝、宿の厨房を借りて。護衛の方の分も用意するのが礼儀かなと思って」


 あたしは干し肉バーとサンドイッチを見比べた。

 段ボール味の100レイドの棒と、手作りの肉汁サンドイッチ。

 泉のそばの木陰で、風が包みの中の匂いを運んでくる。焼いた鶏肉と甘辛いソースの香りが鼻をくすぐった。空腹の胃が正直に反応する。

 比較するまでもない。合理的に考えて、栄養価が高い方を選ぶべきだ。サンドイッチの方が明らかにカロリーもタンパク質も上。つまりこれを選ぶのは合理的判断であり、決してシオンの好意に甘えているわけではない。


「……もらう」

「どうぞ!」


 サンドイッチに齧りついた。

 ——美味い。

 鶏肉がしっかり焼かれていて、外はカリッと、中は柔らかい。噛むたびに肉汁と甘辛いソースが口の中に広がる。ソースは蜂蜜と香辛料を合わせたものだろうか。辛みの後に甘みが追いかけてくる。パンはほどよく硬くて、肉の重みに負けていない。葉野菜のシャキシャキした食感がアクセントになっている。

 チーズの丸パンも齧った。外がサクッと割れて、中からとろりと溶けたチーズが——これ、ただのチーズじゃない。ハーブが練り込んである。ローズマリーの香りがふわっと鼻に抜ける。

 冒険者が街道で食べる弁当のレベルを完全に超えている。


「料理できるんだ」

「一人暮らしが長いので。あと、食材の目利きは素材屋の仕事で覚えました」

「素材屋?」

「冒険者になる前は、素材屋で働いてたんです。2年くらい。住み込みで」


 素材屋で働いていた。なるほど。それで素材の「処理」は下手でも、素材の「価値」は理解しているわけだ。あの依頼書に「道中の魔物素材は全て護衛者に譲渡」と書いたのは、素材の価値をわかった上での判断だったのか。

 あたしはシオンの情報を頭の中のファイルに追加した。元素材屋の店員。料理ができる。食材の目利きに自信あり。一人暮らしが長い。


「じゃあ、なんで冒険者に?」


 聞くつもりはなかった。口が勝手に動いた。

 ——まあ、依頼主の背景情報は多い方が計算しやすい。そういうことにしておこう。


 シオンは少し間を置いて、穏やかに笑った。


「人の役に立ちたかったんです。素材屋の仕事も好きでしたけど、もっと——直接、誰かの力になれることがしたくて」

 あたしはサンドイッチの2つ目に手を伸ばしながら——2つ目に手を伸ばしている自分に気づいて、一瞬手が止まった。1つで十分だ。でもシオンが「4つ作ったので2つはイグリットさんの分です」とにこにこしている。合理的に考えて、残しても仕方ない。2つ目に齧りついた。

 美味い。1つ目より美味い気がする。気のせいだ。


「冒険者にならなくても、人の役に立つ方法はいくらでもあるでしょ」

「そうなんですけど。うまく言えないんですが——自分の手で、自分の足で、誰かを守れる人になりたかったんです」


 あたしは黙った。

 合理的な判断ではない。冒険者は危険だし、鉄ランクの給料は素材屋の店員以下かもしれない。損得で考えれば、素材屋にいた方がよかったはずだ。

 でも——この少年は、損得じゃないところで生きている。


 干し果物の袋を開けた。甘酸っぱい果物とナッツの組み合わせが、口の中に残るソースの風味と合う。こういう細かいところまで考えて作ってあるのか。


「……美味しかった。ごちそうさま」

「よかった。明日の分も作りますね」

「別に頼んでない」

「護衛の方の食事を確保するのは依頼主の責務です。合理的でしょう?」


 あたしの言葉を借りて返してきた。この少年、時々あたしのセリフを正確にリサイクルする。学習能力は——悔しいが、高い。


「……好きにして」


 泉の水で手を洗って、休憩を切り上げた。午後の街道が待っている。角猪があと3、4体は出るだろう。岩蜥蜴もそろそろ出現する区間に入る。

 干し肉バーは、ポーチの底に戻した。

 非常食として取っておく。合理的な判断だ。シオンの弁当が美味かったからではない。


 ——断じて、ない。


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