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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


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緊急召集と、ダンジョンの叫び

【緊急召集と、ダンジョンの叫び】


 シオンの肋骨が完治した翌朝。

 ギルドの警鐘が鳴った。


 冒険者街に響く、低い金属音。3回。緊急召集の合図。あたしがエルドヴァレスに来て以来、初めて聞く音だ。


 安宿を飛び出した。7番街中の冒険者が通りに出ている。半裸のまま走ってきた男。寝起きの目をこする女。全員がギルドに向かって動いている。


 ギルドに着いた。大広間に人が溢れている。銅ランク、銀ランク——普段は見ない金ランクの紋章をつけた冒険者の姿もある。アウレクスの所属章。


 掲示板の前にグレイフが立っていた。声が大広間に響く。


「本日未明、第3階で大規模な魔力震動を検出。第3階封鎖線が突破された。——深層種と思われる個体が、第2階に侵入した」


 広間がざわめいた。


「第2階だと——」

「封鎖してたんじゃねぇのか」

「銀ランクの討伐隊は何してた」


「討伐隊は第5階の監視に集中していた。深層種は——第5階からではなく、第4階の空白区画を経由して第3階を突破した。封鎖線の側面を迂回した形だ」


 あたしの予測が現実になった。空白区画——フィルターが損傷した区画——を通路にして、深層種が移動している。封鎖線は正面しか想定していなかった。


「侵入した深層種の特徴。体長5メートル超。6本脚。暗紫色の体表。頭部に枝分かれした角——右目を損傷した個体」


 あたしの血が冷えた。

 あいつだ。渓谷で戦った、あの深層種。右目を潰した個体。

 ——「空白区画」の意味が、ようやくわかった。

 フィルターは岩ではない。古代の魔力結界が、岩盤を基材として張られているだけ。深層種が活動するたびに、結界が摩耗する。本来は緩やかに減衰するだけだった。——10年前から、摩耗が加速した。

 深層種は、内側から結界を食い破っている。空白区画は、食い破られて物理基材まで露出した穴。

 渓谷の崖壁の地下と、ダンジョンの深層は——もともと地続きだった。古代の結界が、両者を分けていただけ。

 あいつは、渓谷で何かを掴んだ。シオンの紋様の光と、あたしの指輪との共鳴。それ以来——抜け道を覚えた。だから、戻ってきた。


「加えて——もう1体。右目を損傷していない別個体が、第3階の奥で確認された。深層種は少なくとも2体」


 2体。

 1体でも金ランク相当の戦力が必要な深層種が、2体。


「ギルドは全ランクの冒険者に協力を要請する。第2階以深への民間探索は即時禁止。銀ランク以上の冒険者は緊急討伐任務に——」


「銀ランクじゃ無理です」


 あたしの声が、大広間に響いた。

 全員の視線が集まった。小さい身体に、場違いなほど鋭い声。


「あの深層種は——灰角獣の数段上の存在です。銀ランクの討伐隊では足止めが限界。倒すには金ランク以上の火力がいる」


「おまえは——」


「銅ランク。イグリット=アシェンド。——渓谷で同型の深層種と交戦した経験があります」


 グレイフの目が細くなった。あたしの報告書を読んでいる。


「銅ランクの意見は——」


「実戦データに基づいた分析です。あの個体の体表は、銀ランクの標準的な攻撃では貫通できない。弱点は目と喉元。集中的に急所を狙える精密火力が必要です」


 広間の隅から、声が飛んだ。


「銅ランクの小娘が偉そうに——」


「元金ランクだ」


 リィナの声。いつの間にか、あたしの隣にいた。


「煌盟アウレクス所属時に金ランクまで上がった実力者だ。3ヶ月前にアウレクスを辞めて銅に落ちてるが——中身は金ランクだ。ダンジョンの異変を最初に検出したのもこいつだ」


 広間が静まった。


 グレイフが咳払いした。


「……イグリット=アシェンド。緊急討伐任務に、臨時参加を許可する。ランク制限の一時解除。——銀ランク討伐隊の戦術顧問として」


「顧問ではなく、前衛で」


「……許可する」


 あたしは頷いた。


 広間を出る時、アウレクスの紋章をつけた冒険者と目が合った。金ランク。知らない顔ではない。アウレクスにいた頃、廊下ですれ違った程度の関係。

 向こうは——目を逸らした。


 ギルドの外で、リィナが肩を叩いてきた。


「かっこつけやがって」


「事実を言っただけ」


「事実をあのタイミングで言えるのが、かっこいいんだよ」


「うるさい。——リィナ、来るな。戦闘は——」


「偵察と誘導だって言っただろ。アタシの仕事は情報だ。前線には出ない」


 その時——走ってくる足音が聞こえた。


 シオン。

 安宿から全力で走ってきたらしい。息を切らしている。右腕の布が風にはためいている。腰に剣。


「イグリットさん——警鐘が——」


「シオン。あなたは来ない」


「でも——」


「回復したばかり。肋骨のヒビが完治して1日。ダンジョンの深層種が2体いる。鉄ランクの出る幕じゃない」


 シオンの目が——あの目だ。覚悟している目。渓谷で見た目と同じ。


「あたしは——」


「来るな。これは命令じゃない。——お願い」


 シオンが止まった。

 あたしが「お願い」という言葉を使ったのは、たぶん初めてだ。


「……わかりました。——でも、待ってます。絶対に」


「待ってなくていい。休んでて」


「待ってます」


 あたしは返事をしなかった。

 背を向けて、ダンジョンの入口に向かった。


 ——あの少年は、来る。

 「来るな」と言っても来る。あの目をした少年は止まらない。

 だから——その前に、終わらせる。


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