粥と、見えない傷
【粥と、見えない傷】
シオンの肋骨のヒビは2本。全治3週間。
エルサの診断は正確だった。内臓に損傷なし。右肩の打撲は1週間で引く。ただし肋骨は絶対安静。笑うな、咳をするな、くしゃみを我慢しろ。
最初の2日は村に残った。動かすと骨がずれる恐れがある、とエルサが言ったからだ。シオンは横になったまま、荷物の納品リストを気にして、ジグとトルテに押さえつけられていた。
3日目の朝、痛みが落ち着いたのを確認して、荷車にシオンを寝かせてエルドヴァレスに戻った。リィナと2人で揺れを抑え、ゆっくり引いた。街道に深層種は戻っていなかった。
安宿の部屋にシオンを運び込んだ。
翌日からあたしは——看病をした。正確に言えば、看病を試みた。
まず、粥を作った。鍋に水と米を入れて火にかける。
焦がした。紋様のエネルギーパターンについて考えていたら、鍋から煙が出ていた。
2回目は水を多くした。今度は焦げなかったが、粥ではなく糊ができた。塩も忘れた。
「……おいしいです」
「嘘はいい。塩を忘れた」
「いえ、本当に——」
嘘だ。シオンの「おいしいです」には7種類ある。今のは社交辞令用だ。あたしはこの半年で、この少年の表情を全パターン記録している。
3回目でようやくまともな粥ができた。生姜を入れた。シオンが「あ、生姜」と目を開いた。本気の「おいしい」の顔。
——問題は粥ではなかった。
シオンが——静かだった。
普段のシオンは、隙があれば喋る。弁当の改良点。掲示板の依頼の話。訓練の振り返り。街道で見た花の名前。
それが、止まっている。
粥を食べ終わった後、シオンは窓の外をぼんやり見ていた。右腕の布を、左手で触っている。あの癖だ。緊張する時に布を触る。
だが、今は緊張ではない。確認だ。まだ巻いてある。まだ隠れている。まだ——。
「シオン」
「……はい」
「何か、考えてる?」
シオンがあたしを見た。目が——曇っている。太陽みたいな笑顔が出てこない。出そうとして、止めている。
「イグリットさん。あの紋様——何なのか、僕にもわからないんです」
あたしは黙って聞いた。
「母さんは何も教えてくれなかった。『巻いておきなさい』だけ。僕はずっと——アザだと思ってた。生まれつきの。でも——アザは光らない」
シオンの声が小さくなった。
「渓谷で——布が解けた時。あの魔物が、僕を見て止まった。怖がった。僕のせいで——」
「あなたのおかげで、でしょ」
「おかげ——?」
「あの深層種が怯んだから、あたしが撃てた。あなたの紋様が時間を作った。——事実」
シオンが口を閉じた。反論しなかった。でも——納得もしていなかった。
この少年は、自分の力を「おかげ」とは感じていない。「化け物の腕を持つ自分」としか思えていない。
あたしは——わかる。
8歳の時、暴走した直後のあたしも同じだった。自分の力を「才能」とは思えなかった。「壊すもの」としか思えなかった。
「シオン。あたしも——同じ」
「え——」
「あたしの指輪の下にも、普通じゃないものがある。あたしも——自分が何なのか、全部はわかっていない」
言うつもりはなかった。でも——この少年が、1人で「自分は何なのか」を抱え込んでいるのを見て、あたしの口が勝手に動いた。
シオンの目が変わった。曇りが——消えたわけではない。でも、その奥に何かが灯った。
1人じゃない、という認識。
「……また、教えてくれますか。イグリットさんのことも」
「そのうち。——今は休んで。肋骨が先」
「はい」
シオンが目を閉じた。呼吸が落ち着いていく。
あたしは枕元に座ったまま、少し考えていた。
この少年の傷は2つある。肋骨と——「自分が何なのかわからない」こと。
エルサの薬で治るのは、前者だけだ。
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