「大丈夫」と、星空の下の答え
【「大丈夫」と、星空の下の答え】
シオンの右腕が、まだ露出している。
青い紋様。光は少しずつ弱まっている。でも、まだ見える。皮膚の下を走る青い脈。人間の身体にあるべきではない模様。
シオンが薄く目を開けた。
「……イグリッ、ト……さん」
「喋るな。動くな」
「みんな……無事、ですか」
「無事だ。あなたのおかげで——馬鹿」
シオンが微かに笑おうとして、痛みに顔をしかめた。
リィナが駆けてきた。ポーションを出している。
「生きてる! 肋骨と——右肩の打撲。内臓は——たぶん大丈夫。ポーション飲ませて」
あたしはシオンの頭を持ち上げて、ポーションを口元に流し込んだ。手が震えている。戦闘の消耗ではない。
そして——シオンが自分の右腕を見た。布がない。紋様が見えている。光っている。
シオンの表情が変わった。笑顔が消えた。
恐怖。
「見られた」。「嫌われる」。「普通じゃないと思われる」。
その目を——あたしは知っている。鏡で見たことがある目だ。
8歳の時。暴走した後。周囲の人間が自分を見る目。恐怖と嫌悪。あの目を、自分もしていたはずだ。自分が「普通じゃない」と知った瞬間。
シオンが右腕を隠そうとした。左手で覆おうとして——痛みで動けない。目に涙が浮かんでいる。
あたしは地面に落ちた布を拾い上げた。
藍色の布。使い込まれて、何度も繕われた布。母親の手作り。蒼鉛石の粉末が練り込まれた——遮蔽の布。
あたしはシオンの右腕に、布を巻き直した。
丁寧に。いつもシオンがやっているのと同じ巻き方で。肩から手首まで。きゅっと締めて、端を折り込む。
——いつも見ていた。この少年の右腕を。装備の確認ではなく。ただ、見ていた。
「——大丈夫」
あたしの声が言った。計算ではない。数字ではない。損得でもない。
「大丈夫だよ。シオン」
シオンの目から涙がこぼれた。声を出さずに。唇が震えている。
リィナが2人から視線を外して、渓谷の空を見上げていた。
3人で、残りの渓谷を越えた。シオンを荷車に乗せて、リィナが引き、あたしが護衛した。深層種は戻ってこなかった。
村に着いた。シオンの怪我をエルサが診た。肋骨のヒビが2本。全治3週間。
シオンは荷物を降ろすことにこだわった。横になったまま、エルサに「薬品は——」と言っている。ジグが「寝てろ馬鹿」と押さえつけた。
夜。シオンが寝た後、あたしは1人で村の外に出た。
星が多い。エルドヴァレスでは見えない数の星。
思考が回り始めた。
深層の何かを宿す少年。深層鉱物で作られた遮蔽布。あたしの指輪も同じ系統の鉱物。世界の異変。フィルターの劣化。根源の漏出。
シオンの紋様が放つエネルギーと、あたしの指輪に封じられた魔力が、共鳴した。深層種はそのエネルギーに怯えた。
あたしたちは——同じものに繋がっている。
でも、今——数字より先に浮かぶのは。
さっきのシオンの目。あの恐怖。「嫌われる」と思った目。
あたしは、あの目に「大丈夫」と言った。
あたしの方程式には「大丈夫」を出力する関数がない。あの言葉は——あたしのどこから出てきたのか。
あの日、シオンに「嘘ですね」と言われた。あたしの壁を正面から突いた少年。
今、あたしはその壁の向こう側から言葉を出した。壁を経由しない、直接の——。
名前がつけられない。まだ。
星が瞬いている。冷たい夜風が吹いている。
左手の指輪が重い。でも、温かい。さっきの共鳴の余韻が残っている。
これから何が起きるのか、まだわからない。
シオンの紋様の正体。あたしの指輪との関係。フィルターの劣化の行く先。アウレクスが隠しているもの。
わからないことだらけだ。
でも、1つだけ——わかったことがある。
あたしは、この少年の隣にいると決めた。
理由は——もう、いらない。
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