3日間の消耗戦
【3日間の消耗戦】
リィナからの連絡は、朝一番に来た。
掲示板の裏ではなく、安宿の扉の前に本人が立っていた。腕の包帯は取れている。顔が硬い。
「第4階まで空白が広がった」
あたしは部屋にリィナを入れて、話を聞いた。
「昨日の偵察で確認した。第5階の空白区画が第4階にまで侵食してる。灰角獣が——第3階に移動してる。第3階だぞ。新人が薬草を採りに行く階だ」
「第3階に中層種——」
「それだけじゃない。第5階の奥——前に『もっと大きい何か』がいるって言っただろ。あれが動いてる。爪痕が第5階の全域に広がってた。灰角獣を追い出してるのは、あいつだ」
フィルターの劣化が、目に見える速度で進んでいる。深層種が中層を荒らし、中層種が浅層に逃げ、浅層の生態系が崩壊している。
「ギルドには」
「今朝、報告した。第3階に灰角獣が確認されたって。——ようやく本気で動くみたいだ。第5階を完全封鎖。銀ランクの討伐隊を3日後に編成」
「3日後——」
「遅い。でも、動いた。問題は——3日間の間に、第3階の灰角獣に新人がぶつかる可能性がある」
第3階は鉄ランクでも入れる。銅ランクの日課で使う冒険者も多い。そこに灰角獣がいる。
鉄ランクが灰角獣に遭遇したら——死ぬ。
「あたしが第3階を巡回する」
リィナが目を見開いた。
「3日間。討伐隊が動くまで。灰角獣がいるなら、あたしが処理する」
「1日1体ずつ? お前——魔力の消耗は」
「計算済み」
嘘だ。計算していない。でも、やるしかない。
——初日。
第3階の東側通路。リィナの偵察情報通り、灰角獣が1体、角ネズミの巣跡に陣取っていた。体長3メートル。灰黒色の体表。2本の角。
あたしの魔力探知に、指輪が微かに反応する。もう慣れた。深層の魔力を感じるたびに、指輪が温度を持つ。
戦闘。
渓谷の時とは違う。狭い通路。天井が低い。壁面反射が使える。
1発目。赤い光を右壁に反射させて、灰角獣の左目を狙った。壁に当たった魔力弾が角度を変え——命中。灰角獣が怯む。
2発目。天井に向けて撃つ。反射して真上から灰角獣の背中に落ちる。表皮が硬いが、脊椎の隙間に入った。動きが鈍る。
3発目。通路の狭さを利用して、左壁→右壁→背面の三角反射。灰角獣が振り返った瞬間、喉元に直撃。
沈黙。
指輪の制限下で、精密制御の極致。地形を利用して、出力の不足を補う。
消耗は——大きい。三角反射は通常の3倍の魔力を使う。でも、1撃で仕留める方が総消耗は少ない。
——2日目。
灰角獣は出なかった。第3階を6時間巡回して、角ネズミとゴブリンだけ。代わりに、第4階との境界で灰角獣の爪痕を3箇所確認した。まだこの階にいる可能性がある。もう1体は別の区画か。
——3日目。
朝から嫌な予感がした。
第3階の北東通路。リィナが前日に見つけた新しい爪痕の先。広い空洞——元は採掘場だった場所に、灰角獣が2体いた。
2体。
1体でも全力が要る相手が、2体。しかも、2日間の巡回で魔力の回復が追いついていない。
残量は——7割。いや、6割か。
引き返すか。討伐隊の到着を待つか。
——待てない。この空洞は第3階の主要通路と繋がっている。冒険者が迷い込む可能性がある。
1体目。壁面反射を3回使って仕留めた。魔力残量が4割を切った。
2体目が突進してきた。壁面反射を組む余裕がない。正面から——精密射撃。1発目、角を砕く。2発目、前脚の関節。3発目——喉元。
外した。
精密制御が揺らいだ。魔力残量が限界に近い。指輪の圧縮が身体を軋ませている。
灰角獣の角が肩をかすめた。ジャケットが裂ける。浅い。でも——近い。あと10センチずれていたら、鎖骨が折れていた。
4発目。残った魔力を搾り出して、右目に叩き込んだ。
灰角獣が崩れた。
壁にもたれた。
息が上がっている。手が震えている。戦闘の消耗ではなく——魔力枯渇。指輪が冷たい。枯渇した時、指輪は体温を吸い取る。
この指輪を外せば——2体なんて、欠伸をしながら片付けられる。
外さない。
外したら、この通路が崩れるかもしれない。味方を巻き込むかもしれない。8年前みたいに。
——でも。
今日で3体目。3日間で3体の灰角獣を、指輪つきで倒した。
あたしの「制限下の天井」が、ここにある。これ以上は——数字が足りない。
討伐隊が到着した時、あたしはまだ壁にもたれていた。
銀ランクの冒険者たちが「もう処理済みですか」と苦笑した。あたしは笑い返す余裕がなかった。
報酬は灰角獣3体分で45000レイド。
身体の回復に2日かかった。
2日間、安宿のベッドで天井を見ていた。シミが7つ。
指輪をつけたまま戦い続けることの限界を、身体が記録した。頭ではなく、筋肉と骨と、枯渇した魔力回路が覚えている。
——中層種3体でこの消耗。もし深層種が浅層まで降りてきたら、届かない。指輪を嵌めたままの出力では。
その事実から、目を逸らさないと決めた。
毎日更新継続中。明日も同時刻に。
読者の皆様からの評価・ブクマという「報酬」が、執筆効率を劇的に跳ね上げます。
下にある☆☆☆☆☆のタップは、この物語への最も効率的な投資です。ぜひ支援をお願いします。




