外せない理由と、同じ重さ
【外せない理由と、同じ重さ】
次の訓練の日。
シオンの打ち込みが鋭くなっている。連続3手の攻防で、あたしが押される場面が出てきた。押されるというか、反応が追いつかない瞬間がある。身長差もあるが——シオンの成長速度が、数字で説明しきれなくなっている。
訓練を終えた。壁際にもたれて息を整える。シオンも隣に座った。
リィナが壁の反対側で水を飲んでいる。包帯はまだ巻いているが、腕は動く。見学と称して、毎回来ている。
「イグリットさん」
「ん」
「イグリットさんの指輪って——外さないんですか」
あたしの呼吸が、一瞬止まった。
「前から気になってたんですけど——訓練の時も、戦闘の時も、寝てる時も、ずっとつけてますよね」
「……外せない理由がある」
「理由——」
「外すと——危ないんだ。あたしが。周りの人間が」
シオンが黙った。あたしの言葉を、静かに受け取っている。
「この指輪は、あたしの魔力を抑えてる。抑えないと——制御できないから。昔——制御できなかった時に、大変なことが起きた。だから」
これ以上は言わなかった。「大変なこと」の中身は言わなかった。
でも、今まで誰にも言わなかったことを——シオンには言った。「外せない理由がある」と。
シオンが頷いた。ゆっくりと、深く。
「僕の布と、同じですね」
あたしは目を見開いた。
「僕も——外せないんです。母さんに『外すな』って言われたから。理由はわからない。でも、外したら何かが変わる気がして。——怖いんです」
あたしも、同じだ。
外したら、何かが変わる。あたしが「あたし」でなくなる。
4年間、指輪の中で作り上げた精密制御。数字で組み立てる思考回路。指輪を外したら——あの暴走する子供に、戻るかもしれない。
「……怖い、か」
「怖いです。——イグリットさんも?」
「……うん」
2人の間に、初めて——秘密の共有があった。
内容は違う。でも、「外せないもの」を持っている者同士の共感。お互いの枷が何なのか、全部はわからない。でも、「外せない重さ」は——わかる。
先日、あたしは「あたしたちは同じだ」と思った。メモの上で、データとして。
今、同じことを——データではなく、ここで、感じている。
沈黙が降りた。穏やかな沈黙。壊したくない沈黙。
——バリッ。
壁の反対側から、干し肉を齧る音がした。
あたしとシオンが同時にリィナを見た。
リィナが干し肉を咥えたまま、目を逸らした。
「……何。腹減ったんだよ」
「帰れ」
「嫌だね。見届ける」
リィナがバリバリと干し肉を噛み砕いている。空気が崩れた。
シオンが苦笑している。あたしは——正直、少し助かった。あのまま沈黙が続いたら、もっと深いところまで話してしまいそうだった。
「帰るぞ。訓練終わり」
「はい。——イグリットさん」
「何」
「話してくれて、ありがとうございます」
あたしは何も返さなかった。返せなかった。
訓練場を出た。午後の日差し。下層の路地。
あたしは、この少年のことを——もっと知りたいと思っている。
理由は——もう、計算しない。知りたいから知りたい。それだけだ。
5ヶ月前のあたしなら、この感情を「非効率」と切り捨てただろう。今は切り捨てない。
切り捨てられない。
先日、この少年に「嘘ですね」と言われた。あたしの壁を、正面から突いた少年。
今、あたしは壁を1枚だけ下ろした。「外せない理由がある」と。
1枚だけ。まだ何枚もある。
でも——1枚下ろしたら、次が少しだけ楽になる気がする。
それは予測であって、確信ではない。
でも——試してみてもいい。
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