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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ
割に合わない

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足りない変数

【足りない変数】


 エルドヴァレスに帰還した翌朝。

 ゴルドの店に素材を持ち込んだ。


「——おい。これ、外傷がほとんどねえぞ」


 ゴルドが灰角獣の牙を光に翳して、目を細めた。


「街道で仕留めたんだろ。普通、街道で灰角獣と殴り合ったら素材ボロボロになるぞ。内部破壊か?」

「貫通は喉の1点だけ」

「化け物め。——灰角獣の素材だけで35000レイド。角猪もまとめて、全部で42000レイド」


 42000レイド。これに護衛報酬1500レイドと、ギルドの中層種討伐報酬15000レイドが加わる。

 合計58500レイド。2日間で。

 アウレクスの月給を超えた。


 ゴルドが素材を奥に運びながら、背中越しに言った。


「お前、最近顔色がいいな。飯食ってるだろ。前はもっと干からびた顔してた」


 一瞬、返事に詰まった。

 5ヶ月前、この店に初めて角猪の素材を持ち込んだ時の自分の顔を思い出した。段ボール味の干し肉で1ヶ月を凌いでいた頃の顔だ。


「……余計なお世話」

「素材の質が上がると、持ってくるやつの質もわかるんだよ。職人の目を舐めるな」


 素材屋に見透かされている。素材だけじゃなく、あたし自身を。

 ——計算で処理できない観察をする人間が、また1人。


 店を出た。


 朝の冒険者街。焼き肉の匂い。鍛冶屋の槌音。いつもの喧騒。5ヶ月前と同じ朝だ。同じ石畳。同じ匂い。同じ喧噪。

 違うのは、あたしだ。

 歩きながら、最初の計算を思い出していた。


 5ヶ月前。ギルドの掲示板の前。

 護衛料1000レイド。素材全譲渡。食費ゼロ。角猪の牙400レイド、岩蜥蜴の鱗600レイド。暗算3秒。結論——「割に合う」。

 あの計算は完璧だった。入力も、式も、出力も。


 6回目の今回。

 灰角獣が出る街道を、1500レイドで歩いている。

 シオンが言った通りだ。報酬と危険が見合わない。あたしの計算モデルでは——赤字だ。大幅な。

 なのに、あたしは依頼書を手に取った。迷わずに。


 計算式が壊れたのではない。

 変数が——1つ、足りなかったのだ。最初から。


 レイドに換算できない値。収支に載せられない項目。

 味噌煮で3秒止まったこと。訓練場で木剣が跳ねたこと。段ボール味じゃない干し肉。「よくやった」と自分の口から出た言葉。

 ダンジョンの冷たい壁と、灰角獣の尾撃の前に立った震える剣。


 全部、あたしの計算モデルには入っていなかった。

 入れなかったのではない。入れ方がわからなかった。


 宿に戻った。ベッドに座った。天井の染み、7つ。

 左手の指輪に触れた。冷たい。——いつも通りだ。

 ただ、5ヶ月前よりほんの少しだけ、軽い気がした。


 ポーチから干し肉が転がり出た。段ボール味。非常食用。カロリー効率は最高。

 その隣に、シオンが昨日の帰り際に押し付けてきた手作りの干し肉。「明日の朝に食べてください」と笑った顔。


 段ボール味の干し肉に手を伸ばしかけて——止めた。

 5ヶ月前なら、迷わずこっちを選んでいた。カロリーが同じなら、どちらでも同じだった。


 シオンの干し肉を齧った。美味い。

 今は——美味い方を選ぶ。


 来月の護衛依頼。7回目。

 受ける。計算の前に、もう答えは出ている。


 その答えに名前をつけるのは——もう少し先でいい。

 今日のところは、干し肉が美味い。


 それで、十分だ。


毎日更新継続中。明日も同時刻に。


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