走り書きと、血の匂い
【走り書きと、血の匂い】
リィナからの連絡は、訓練の日の朝に来た。
いつもの場所——ギルドの掲示板の裏。走り書き。だが、いつもと違う。
文字が乱れている。リィナの字は癖があるが読みやすい。今回は——急いで書いている。左手で書いたような歪み。
「第5階。事故。至急。東3番分岐」
あたしは掲示板の前から走った。
ダンジョンの入口。探索許可証を見せて、受付を通過する。「お気をつけて」という声が背中で途切れた。
第1階から第4階を駆け抜けた。普段なら1時間かける道を、30分で。魔物は片手で処理した。効率は無視。速度優先。
第5階、東側。1番分岐、2番分岐を通過。3番分岐の先——。
血の匂いがした。
通路の壁際に、リィナが座っていた。左腕に布を巻いている。赤い。血が滲んでいる。顔色が白い。でも、意識はある。
「——遅い」
リィナが笑おうとして、顔をしかめた。
「何があった」
「灰角獣。第4階を偵察中に——第5階との境界で鉢合わせた。2体。上がってきてたんだ。第4階に入るなと言われたのに——第5階には行ってないぞ。第4階で会ったんだ。あいつらの方が上がってきた」
リィナの言い訳は、今はどうでもいい。傷を見る。
「見せて」
布を剥がした。左腕の外側に、3本の裂傷。深い。筋肉まで達している。灰角獣の爪だ。
止血はされているが、縫合が必要だ。
「パーティの他のメンバーは」
「ダグが肩をやられた。先に撤退させた。薬師のミラが応急処置して一緒に上がった。アタシは——殿だったから」
斥候が殿。パーティの撤退を1人で支えたのか。銅ランクの斥候が、中層種2体の前に立って。
「馬鹿か」
「馬鹿だよ。でも、アタシが一番逃げ足速いから。——合理的だろ」
リィナが痛そうに笑った。あたしはポーチからポーションと包帯を出した。
「消毒する。じっとして」
傷口にポーションを垂らした。リィナが歯を食いしばる。
「お前——意外と手際いいな。看護経験あるのか」
「アウレクスで自分の怪我を治す機会は多かった」
「……それは看護じゃなくてサバイバルだ」
包帯を巻いた。きつめに。止血と固定を兼ねる。
「動ける?」
「動ける。走れないだけだ」
リィナを肩で支えて、撤退ルートを確認した。第5階の東側は今、灰角獣のテリトリーだ。北側に迂回して第4階への階段に出る。
「リィナ。灰角獣は——2体」
「ああ。前に見た1体と、もう1体。つがいかもしれない。——それと、もう1つ」
リィナの声が低くなった。
「第5階の奥で、灰角獣じゃないものの気配がした。もっと——大きい。灰角獣が逃げてたんだ。あいつらも、何かに追い立てられてる」
あたしの指輪が、ほんの微かに熱を持った。
リィナの傷口から漂う魔力残滓に——反応している。灰角獣の魔力。深層の匂い。指輪の下で、あたしの魔力が波打った。
「……歩ける速度で帰ろう。ゆっくりでいい」
「情けねえな。斥候が肩借りてるなんて」
「生きてるだけで十分。——バカのくせに」
「バカって2回言われた」
リィナが笑った。今度は、ちゃんと笑えていた。




