加速するカーブと、来週の約束
【加速するカーブと、来週の約束】
エルドヴァレスに戻った翌日。月次のデータ共有会。
ゴルドの店の裏手、木箱を並べた「会議室」。3人が揃う。
あたしがメモを広げた。
「全体の更新から。街道の魔物出現数は先月比で——角猪が33パーセント増、岩蜥蜴が27パーセント増。注目すべきは増加率の加速。3ヶ月前は月次15パーセント前後だった増加率が、先月は20パーセント、今月は30パーセント超。カーブが立ち始めている」
「数字で言われるとわかんねえ」とリィナが眉をしかめた。
「簡単に言うと——最初はゆっくり増えてたのが、最近は急に増え始めてる。このペースが続くなら、3〜4ヶ月後には浅層と地上の境界が事実上なくなる」
「境界がなくなるって——ダンジョンの魔物が外に出てくるってことか」
「出てくるというより、区別がなくなる。街道に中層種が出る。村の周辺に浅層種が常駐する。——もう始まりかけてる。渓谷の崖上に深層種の反応が2つ確認された。前回は1つだった」
リィナの顔が硬くなった。
「アタシの方も報告する。ダンジョン内——灰角獣が移動した。第5階の空白区画はさらに広がって、150メートル四方。もう通路7本分が完全に空だ。それと——新しい爪痕が第4階にも出てる。浅層の上の方にも侵食が始まってる」
「第4階まで——」
「角ネズミが第3階に大量に逃げ込んでるよ。第3階がネズミだらけで、他の冒険者から苦情が出てる。ネズミに追い立てられて薬草採取もままならない状態」
生態系の連鎖崩壊だ。深層種が中層を荒らし、中層種が浅層に逃げ、浅層種がさらに上に追い立てられる。ダンジョンの中で、上方への圧力が増している。
シオンが手帳を開いた。
「僕の方も——掲示板のデータです。護衛依頼の報酬相場が上がってます。2ヶ月前に1000レイドだったのが、1200になって、先月1500レイドに。今月は——1800レイドの護衛依頼が出てました」
「1800——」
「それと、討伐依頼が前月の3倍です。近郊の村からの害獣駆除だけじゃなくて、初めて見る種類の依頼も出てました。村からの『緊急護衛要請』。報酬3000レイド。——前はなかったです」
3人のデータが重なる。ダンジョンの内側。街道の外側。そしてギルドの経済指標。全てが同じ方向を向いている。加速している。
「このペースだと——」あたしは言った。「ギルドが本腰を入れる前に、現場が持たなくなる可能性がある」
「ギルドは動くかな」
「銀ランク以上の報告がない限り、優先度は上がらない。銅ランクの観測データと、鉄ランクの市場記録では——」
「足りねえか」
3人とも黙った。
あたしたちのデータは正確だ。でも、それを受け取る側が見ない。組織とはそういうものだ。アウレクスで学んだ。
「……銀ランクに上がる」
あたしの口から出た言葉に、リィナとシオンが顔を上げた。
「あたしが銀ランクに上がれば、報告の優先度が変わる。中層の探索許可も出る。灰角獣を自分の報告として——」
「待て待て。銅から銀への昇格って、そう簡単に——」
「簡単じゃない。でも、方法はある。ギルドの昇格試験。実技と筆記。次の試験は2ヶ月後」
リィナが口笛を吹いた。「お前なら受かるだろうけどな」
受かる。自信はある。元金ランクだ。実力は銀を超えている。指輪で制限されていても、試験を通すだけの技量はある。
問題は——2ヶ月後まで、現場が持つかどうか。
「それまでは、今の体制で続ける。リィナはダンジョン内の偵察を継続。ただし、第5階には入るな。第4階までで」
「——わかった。無理はしない」
「シオンは掲示板の記録を続けて。新しい種類の依頼が出たら、すぐに報告して」
「はい」
あたしは3人分のデータを1枚のメモにまとめた。日付を入れて、次回の共有日を決める。
「来月の同じ日に、また」
「了解」
「はい」
リィナが立ち上がった。ビール代を木箱に置いて、ひらひらと手を振る。
「アタシのパーティ、来週ダンジョンの第4階に入る。灰角獣の動きを追う。——やばかったら連絡する」
「無理するなと言ったばかりだ」
「第4階だろ。第5階には行かない。ちゃんと言うこと聞いてるよ、先生」
リィナがにやっと笑って去っていった。
シオンも立ち上がった。
「あの——イグリットさん」
「何」
「来週の訓練、少し早めに来てもいいですか。自主練習したいので」
「……好きにして」
「ありがとうございます。——あと、お昼、食堂で一緒に食べませんか」
あたしは1秒だけ考えた。
食堂で食べるのは合理的だ。情報交換の場としても機能する。1人で食べても2人で食べてもカロリーは同じ——この言い訳は、もう何回目だろう。
「……いいよ」
数えるのをやめよう。
あたしがシオンと昼を食べる回数を数えるのは、非合理的だ。




