5回目の街道と、3秒の沈黙
【5回目の街道と、3秒の沈黙】
5回目の護衛依頼。
データの蓄積が5ヶ月分になった。統計として意味を持ち始める量だ。
西門を出て、街道を東へ。朝の空気が冷たい。秋が近い。
シオンが荷車を引く足取りは、1回目とは別人だ。重心が低い。歩幅が安定している。訓練で身につけた身体の使い方が、日常動作にも反映されている。
第1区間、森林帯。
角猪、6頭。
1回目は1頭だった。2回目3頭、3回目5頭、4回目4頭。そして今回、6頭。4回目の減少は分布の偏りだと分析したが、今回の数値は増加トレンドへの回帰を示している。
しかも分布が変わった。以前は街道沿いに散発的に出現していたのが、今回は6頭中4頭が同じ方角——南東——から現れている。何かに追い立てられて、特定の方向に集まっている。
渓谷区間。岩蜥蜴、14匹。
1回目8匹、2回目11匹。そして14匹。増加率が月次37パーセントから40パーセント超に加速している。
戦闘はあたしが処理した。14匹は多いが、渓谷の地形を利用すれば効率的にさばける。壁面反射で複数体を同時に処理する技術は、回を重ねるごとに洗練されている。
シオンの素材処理は——90点。
角猪の牙の切り出し。岩蜥蜴の鱗の剥離。手際が良い。迷いがない。刃の角度、力の入れ方、切るタイミング。あたしが教えた全てを、正確に再現している。
「シオン。その蜥蜴の3枚目、角度が浅い。もう2度深く」
「はい——こうですか」
「……合格」
90点。もう教えることが、ほとんどない。
素材処理に関しては、このペースであと2回もこなせば、あたしと同等になる。2ヶ月で。普通は半年かかる。
教え方がいいからだ。——さっきも同じことを思った。
昼食。渓谷の手前の日当たりのいい岩場で荷車を止めた。
弁当箱を開ける。
——鯖の味噌煮。
いや。鯖に似た川魚を味噌で煮たもの。甘めの味噌。生姜の千切りが添えてある。副菜に青菜のおひたしと、煎り卵。おにぎりが2つ。
あたしは3秒間、弁当を見つめた。
「味噌が手に入ったので、煮魚にしてみました。イグリットさん、前に市場で生姜を多めに買ってたから、合うかなと——」
一口食べた。
味噌の甘さと生姜の辛さが、魚の臭みを完璧に消している。身がほろりと崩れる。煮込み時間を計算して、朝の出発前に仕上げたのだろう。手間がかかっている。
「……悪くない」
「3秒止まってましたよね」
あたしはシオンを見た。シオンが穏やかに笑っている。
「止まっていない。味の分析をしていた」
「分析……」
シオンが手帳を取り出して、何かを書き込んでいる。
「何を書いてる」
「え? あ、いえ——記録です。味噌煮の反応が良かったので、次回の参考に」
あたしの反応をメモしている。「味噌煮=3秒停止」とか書いているのだろう。あたしは実験体か。
「……記録するな」
「でも、美味しいものを作りたいので——」
「作りたいなら作ればいい。あたしの反応は関係ない」
「関係あります。食べる人が美味しいと思うかどうかが一番大事なので」
反論できない。料理人として正しい。合理的にすら正しい。
あたしは黙っておにぎりを齧った。
渓谷の崖上に、探知を飛ばした。
——2箇所。2回目の護衛で感じた「重い気配」。あの深層種に似た反応が、今回は1箇所ではなく2箇所で検出された。
距離がある。こちらには来ない。でも、増えている。
メモに書き留めた。出現数、出現位置、分布変化、崖上の反応数。
弁当の感想はメモしない。する必要がない。味噌煮が美味かったことは——記録しなくても覚えている。
……覚えている、のか。あたしは。
いつから食事の味を「覚えている」ようになった。以前はカロリー摂取の手段でしかなかったのに。
段ボール味の干し肉バーを齧っていた頃には、戻れない気がする。
戻りたいかと聞かれたら——聞かれていない。誰にも。




