訓練場の身長差と、予想外の一撃
【訓練場の身長差と、予想外の一撃】
訓練は4週目に入っていた。
週2回、午後の訓練場。シオンの剣の基礎は安定してきた。素振りの形が崩れなくなった。足運びも悪くない。重心の位置を身体が覚え始めている。
そろそろ、次の段階に進めていい。
「今日から対人稽古に入る」
「対人——って、打ち合いですか?」
「あたしが打ち込む。あなたは受ける。実戦では相手の動きに合わせて反応する必要がある。素振りだけじゃ身につかない」
木剣を構えた。シオンも構える。
あたしが一歩踏み込んで、中段に打ち込んだ。ゆっくり。形を見せるための速度。
シオンが受ける。角度は悪くない。2回目、3回目。少しずつ速度を上げる。
問題なく対応している。反応が早い。普通の鉄ランクなら、対人稽古の初日はまともに受けられない。シオンは4回目の打ち込みで、もう受けの角度を修正している。
——成長が早い。いや、教え方がいいからだ。角度と回転の原理を先に教えたのが効いている。
5回目。上段からの打ち込みに切り替えた。
踏み込んで——届かない。
シオンの頭の位置が、高い。あたしの上段打ちが、シオンの顔の高さに届いていない。
148センチと170センチ。頭2つ分の差。上段を打つには、あたしの方が踏み込みを深くするか、跳ぶ必要がある。
物理的に、不利だ。
壁際で腕を組んでいたリィナが、口を開いた。
「台、持ってこようか?」
「殺すぞ」
リィナがケラケラ笑っている。あたしは無視して、打ち込みの角度を変えた。上段ではなく、斜め上からの袈裟斬り。これなら身長差を最小化できる。
——合理的な対応だ。身長の問題は物理法則なので感情で解決しない。
シオンが袈裟斬りを受ける。6回目、7回目。速度を上げていく。
8回目——シオンの受けが少しずれた。木剣が滑って、そのまま反動で跳ね上がり——あたしの頭をかすめた。
ゴッ、と軽い音。
シオンの顔が蒼白になった。
「すすすみません!! 大丈夫ですか!?」
「……今の、わざと?」
「違います!! 本当にすみません!!」
痛くない。木剣の先端が髪をかすっただけだ。ダメージはゼロ。
でもシオンは木剣を投げ捨てる勢いで駆け寄ってきて、あたしの頭を覗き込んでいる。近い。
「大丈夫です。ほんとに大丈夫ですか。たんこぶとか——」
「ない。離れて」
「すみません——」
リィナが壁際で腹を抱えている。声を殺して笑っているが、肩が震えているから丸わかりだ。
「リィナ。笑うな」
「笑ってない。……ぶふっ」
「笑ってる」
あたしはシオンを元の位置に戻して、訓練を再開した。
打ち込み。受け。反復。シオンの動きは、さっきのミスの後の方がむしろ良い。集中力が上がっている。「当ててしまった」という緊張が、逆にいい方向に作用している。
それに——さっきの跳ね上がりも、よく見れば単なる事故ではなかった。受けの角度がずれた瞬間、シオンの手首が反射的に動いていた。力で止めるのではなく、衝撃を逃がそうとする動き。結果として木剣が跳ねたが、原理は正しい。力ではなく角度で処理しようとした——無意識に。
まだ荒い。形になっていない。でも、芽は出ている。
これも含めて訓練だ。失敗から学べる人間は、成功しか知らない人間より強くなる。
1時間で切り上げた。
シオンが汗を拭く。タオルで額を拭いて——右腕に手を伸ばしかけた。布がずれている。巻きが少し緩んでいる。
シオンがすぐに布を直した。きゅっと締め直して、元の位置に。いつもの動作。無意識の習慣。
あたしの目が、その動作を追っていた。
布の端から、ほんの一瞬——何か青い線が見えた気がした。汗で布が肌に張りついて、透けたのか。
気のせいかもしれない。
「次は3日後。同じ時間」
「はい。——今日は本当にすみませんでした」
「謝らなくていい。実戦ではもっと痛いのが来る」
「……はい」
シオンが深く頭を下げて去っていった。
リィナが壁から離れて、あたしの隣に来た。
「あの兄ちゃんさ——ちょっと成長早くないか? 対人初日であの反応速度は普通じゃないぞ」
あたしは訓練場の出口に向かいながら、答えた。
「教え方がいいから」
「……まあ、先生がそう言うなら」
リィナの声に、珍しく茶化す響きがなかった。




