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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


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3人の情報網と、訓練場の午後

【3人の情報網と、訓練場の午後】


 リィナとシオンを引き合わせたのは、その3日後だった。


 別に計画したわけじゃない。ゴルドの店で素材を売っている時にリィナが来て、その直後にシオンが通りかかっただけだ。偶然。下層は狭いから——もうこの言い訳は何度目だ。


「おっ。噂の鉄ランク」

「え? あの——初めまして」

「リィナ。銅ランクの斥候。あんたのことはイグリットから聞いてる」

「イグリットさんから……?」


 シオンがあたしを見た。「何を話したんですか」という目。


「護衛依頼のことだけ」

「あと、市場で一緒に買い物してたこととか、弁当が美味いとか」

「リィナ。余計なことを言うな」


 リィナがにやにやしている。斥候の嗅覚で、あたしの動揺を嗅ぎ取っている。面倒な女だ。

 しかし、3人が揃ったのは都合がいい。


「ちょうどいい。3人で情報を共有しよう」


 ゴルドの店の裏手にある休憩スペース——といっても木箱を並べただけの場所——で、あたしはメモを広げた。


「現状をまとめる。わたしが持ってるのは、街道の魔物出現データ3ヶ月分と、ダンジョン第5階の偵察結果。リィナが持ってるのは、ダンジョン浅層の魔物行動の変化と空白区画の記録。シオンが持ってるのは、ギルドの依頼市場の変動データ」


 シオンが目を丸くした。「僕のメモがそんな大事なものだったんですか」という顔。


「3つを重ねると見えてくるのは——ダンジョンを中心に、内側と外側で同時に魔物の異常が起きていて、それが経済にも波及し始めているということ。進行速度は加速中。3ヶ月前に比べて、月あたりの増加率が上がっている」


「ギルドには?」とリィナが聞いた。


「報告した。受理はされた。処理はされないだろう」

「だろうな。銅ランクの報告は棚の上だ」


 リィナが腕を組んだ。


「じゃあ、アタシたちで観測を続けるしかないな。アタシはダンジョン内を週2回偵察する。空白区画の変化と、魔物の行動パターン」

「僕は掲示板の記録を毎日続けます。依頼の種類と報酬の変動」

「わたしは全体の分析と、月1回の街道データの更新」


 役割分担が自然に決まった。誰が仕切ったわけでもない。各自ができることを、できる範囲で。

 ——3人の観測網。非公式の、小さな調査チーム。


「もう1つ」


 あたしは言った。


「シオン。あなたの戦闘能力を上げたい」


 シオンとリィナが同時にあたしを見た。


「街道の魔物が増えている以上、護衛のあたしだけで対処しきれない場面が増える可能性がある。あなたが最低限の自衛ができないと、わたしの護衛計画にバッファがなくなる」

「バッファ——」

「余裕。安全マージン。今のあなたは、荷車の前に立って角猪の突進をずらせる程度。それを、もう少し引き上げたい」


 シオンが黙った。それから、真剣な目で頷いた。


「お願いします」

「毎日は無理。週に2回、午後に1時間。ギルドの訓練場を使う」

「わかりました」


 リィナが口笛を吹いた。


「お。先生と生徒か。見学していいか?」

「邪魔しないなら」

「しないしない。壁際で見てるだけ」


 ——こうして、あたしの日常にまた新しい予定が増えた。

 週2回の訓練。月1回の護衛依頼。毎日のダンジョン日課。ゴルドの店。資料室の通い。

 全部、合理的な理由がある。全部、計算に基づいている。


 午後、ギルドの訓練場。

 石壁に囲まれた広い空間。床に砂が敷かれていて、壁際に木剣と防具が並んでいる。午後の訓練場はほぼ空だ。午前中に若手の冒険者が使い、午後は閑散としている。


「まず、構えを見せて」


 シオンが木剣を構えた。

 ——やはり、基礎がない。重心が高い。足幅が狭い。握りは悪くないが、肘の角度が甘い。


「重心を落として。足は肩幅より少し広く。——そう。剣は身体の延長。腕で振るんじゃなく、腰で振る」

「腰で——」

「こう」


 あたしは木剣を借りて、見本を見せた。魔道士だが、基本的な剣術はアウレクスで叩き込まれている。近接戦闘に追い込まれた時の最低限の対処法。

 ゆっくり振って見せた。腰の回転が腕に伝わり、腕が剣に力を乗せる。


「真似して」


 シオンが同じ動きをした。1回目——形が崩れている。2回目——少しマシ。3回目——。


「力を抜いて。力むと遅くなる。角度と回転で威力を出す」


 素材処理と同じだ。力じゃなくて角度。あたしが繰り返し言ってきたことが、ここでも通用する。

 シオンはそれを理解している。10回目の素振りで、形が安定し始めた。


「筋は悪くない。反復すれば形は作れる。……ま、あたしが教えられるのは基礎の『き』くらい。あとはあなたの努力次第」

 シオンが木剣を構えたまま、微かに目を見開いてこちらを見ている。


「……イグリットさん、今」

「何」

「今、自分のことを『あたし』って——」


 しまった、と思った。

 普段は「わたし」という硬い殻で自分を包んでいる。それは無意識に引いている境界線だったはずだ。それが、教えることに没頭して、つい計算を誤った。


「……空耳。気のせい。計算ミス。はい、練習再開。あと百回」


 あたしは努めて冷静に、早口で言い切って視線を逸らした。

 シオンは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに口角を下げて、「……はい!」と力強く頷いた。


「ありがとうございます。——これ、毎日練習していいですか」

「していい。ただし、正しい形で。崩れた形で100回振るより、正しい形で10回の方がいい」

「はい。正しい形で10回」


 メモしようとして手帳を出しかけたシオンを、あたしは止めた。


「身体で覚えて。剣はメモじゃ上手くならない」


 シオンが手帳をしまって、もう一度木剣を構えた。真剣な目。あの目は好きだ——いや、あの目は信頼できる。真剣な人間は、成長する。成長する人間と組む方が、効率がいい。


 壁際で、リィナが腕を組んで見ていた。にやにやしている。

 何がおかしいのか聞かない方が身のためだ。たぶん、また「先生と生徒ねえ」とか言うだろう。


 訓練を1時間で切り上げた。シオンの表情は疲れているが、清々しい。汗をかいた額を青い布で拭おうとして——やめた。右腕の布は外さない。いつも。

 タオルを渡してやった。


「次は3日後。同じ時間」

「はい。ありがとうございました」


 シオンが深く頭を下げた。

 あたしは訓練場を出て、安宿に向かった。


 日が暮れかけている。下層の路地を歩きながら、今日の予定を振り返った。

 ギルドへの報告。シオンとの昼食。3人での情報共有。訓練。

 1日の中に、自分以外の人間との予定が4つ。アウレクスを辞めた日、あたしが望んだのは「誰にも邪魔されない生活」だった。

 邪魔——されていない。されていないが、予定は増えている。


 合理的な予定だ。全部に理由がある。

 でも、アウレクスにいた頃の予定は「義務」だった。会議も、報告も、会食も。

 今の予定は——義務じゃない。自分で選んだ予定だ。


 ……自分で選んだ。

 いつの間にか、あたしは「1人で効率よく稼ぐ生活」を選び直していたのか。


 いや、違う。

 効率の定義が変わっただけだ。1人でやるより、3人で観測網を組んだ方が効率がいい。シオンの戦闘力を上げた方が、護衛のリスクが下がる。リィナとダンジョンを偵察した方が、情報の精度が上がる。

 全部、効率の問題だ。


 ——本当に?


 安宿の扉を開けた。スプリングの軋むベッドに倒れ込んだ。

 天井の染み。7つ。変わらない。

 変わったのは——あたしの方だ。


 今は考えない。

 明後日の訓練の内容を考えよう。シオンの剣の基礎固め。足運びと間合いの取り方。それを教えるのは、合理的だ。


 合理的。

 あたしの一番好きな言葉。最近、使う頻度が増えている気がする。


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