表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/39

ギルドの反応と、聞く耳を持たない壁

【ギルドの反応と、聞く耳を持たない壁】


 翌日、あたしはギルド本部に行った。報告のためだ。


 合理的に考えて、個人で抱え込んでも限界がある。爪痕の物証と魔力残滓のデータ、街道の統計、リィナの偵察記録。点と点が繋がり始めている今、ギルドに一度ぶつけてみるべきだ。

 無視されるかもしれない。されるだろう。でも、報告した事実を記録に残すことに意味がある。


 2階の窓口——依頼受付ではなく、調査報告の窓口だ。普段はほとんど使われていない。埃っぽいカウンターの向こうに、初老の男性職員が座っていた。


「冒険者からの環境異変に関する報告を提出したいのですが」

「はい。……ランクと名前を」

「銅ランク、イグリット=アシェンド」


 職員があたしの顔を見た。銅ランクの小柄な少女。報告窓口に自発的に来る冒険者は珍しいのだろう。


 あたしは報告書を提出した。

 手書きの5枚。街道の魔物出現データ3ヶ月分の集計。自身の3回分の定点観測との照合。ダンジョン第5階の空白区画の偵察記録。爪痕のスケッチと魔力残滓の性質分析。全方位の増加率グラフ。

 データには自信がある。アウレクスにいた頃と同じ精度で書いた。


 職員が報告書をぱらぱらとめくった。


「……これは、かなり詳細ですね」

「事実に基づいています。検証可能なデータだけで構成しました」

「拝見しますが——ランクの関係で、この種の報告は銀ランク以上の冒険者か、盟約からの提出が優先処理となります。銅ランクの個人報告は——」

「わかっています。優先度が低い。でも、受理はされる」

「ええ。受理はします」


 受理はする。処理はしない。アウレクスの時と同じだ。書類は受け取るが、棚に入れて終わり。


「1つだけ。この報告が処理された場合、結果の通知をお願いできますか」

「規定では、報告者への通知は——」

「任意、ですよね。お願いします」


 職員は少し困った顔をしたが、頷いた。

 まあ、通知は来ないだろう。でも、頼んだ記録は残る。


 1階に降りた。掲示板の前を通りかかった時、聞き慣れた声が聞こえた。


「お疲れさまです。荷運び依頼、完了しました」


 シオンが受付で報告している。背負い袋が空になっている。荷運び依頼を終えたところだ。報酬を受け取って、丁寧に頭を下げている。

 受付嬢が「お疲れさまでした」と笑顔で対応している。シオンは鉄ランクだが、ギルドの受付には好かれているらしい。毎回きちんと挨拶して、報告が丁寧で、トラブルを起こさない。当たり前のことだが、当たり前ができない冒険者が多いのだ。


 シオンがこっちに気づいた。


「あ、イグリットさん。依頼ですか?」

「報告。ちょっと——上に用があった」

「上? 2階って——何があるんですか」

「資料室と、報告窓口」


 シオンが不思議そうな顔をした。2階に行く冒険者がいること自体を知らなかったのだろう。鉄ランクの日常には関係のない場所だ。


「お昼、まだですか? よかったら——食堂で一緒に」


 あたしは一瞬、断ろうとした。

 でも——昼飯はどのみち食べる。食堂はギルドの1階にある。1人で食べても2人で食べても、摂取カロリーは同じだ。

 合理的に、差がない。


「……いいよ」


 ギルドの食堂は冒険者で賑わっていた。昼時だ。安いが量がある、下層の飯。あたしは定食、シオンも定食。500レイド。

 向かい合って座った。シオンが「いただきます」と手を合わせてから食べ始める。律儀だ。

 あたしは黙って肉にかじりついた。いつもの味。粗挽き黒胡椒。脂の焦げた端。


「イグリットさん」

「ん」

「最近、ギルドの掲示板で——護衛依頼や討伐依頼が増えてる気がするんです」


 あたしの手が止まった。3度目——いや、もう数えるのはやめよう。


「どういう意味?」

「街道の護衛依頼の報酬が、少し上がってます。2ヶ月前は1日1000レイドが相場だったのに、今は1200レイド出してる依頼がある。それと、近郊の村からの害獣駆除依頼が先月の倍以上出てます」


 シオンが手帳を開いた。——掲示板の依頼を記録している。

 護衛依頼の報酬推移。討伐依頼の件数推移。きちんと日付入りで。


「これ——あなたが記録したの?」

「はい。毎日ギルドに来るので、ついでに。何かの役に立つかなと思って」


 あたしはシオンの手帳を覗き込んだ。

 あたしのデータは魔物の出現頻度。シオンのデータは依頼市場の変動。視点が違う。でも、同じ現象の別の断面を捉えている。

 魔物が増える → 護衛の需要が増える → 報酬相場が上がる。害獣被害が増える → 駆除依頼が増える。経済の動きが、異変を映している。

 あたしは気づかなかった。数字しか見ていなかったから。依頼市場の動向は、あたしの観測範囲の外だった。

 シオンは数字が得意じゃない。でも、毎日掲示板を見ているから、変化に気づく。


「——シオン、これ、すごく有用なデータだよ」

「え、本当ですか? ただメモしてただけなんですけど」

「ただのメモが一番大事。わたしの分析データと合わせれば、異変の進行を経済指標からも追える」


 シオンがきょとんとした顔で、それから笑った。太陽。


「じゃあ、続けますね。毎日の記録」

「……うん。続けて」


 あたしたちは昼飯を食べながら、手帳を見比べた。

 あたしの数字とシオンの記録。2人のデータが重なると、1人では見えなかった線が浮かび上がる。


 ——これがパートナーの価値だ。

 いや。パートナーじゃない。情報提供者。協力関係。ビジネス上の。


 肉を噛みながら、あたしは思った。

 この少年のデータ収集能力を、もう少し伸ばせば——街道のデータだけでなく、ギルド周辺の情報も継続的に取れる。あたしがダンジョンに潜っている間の空白を、シオンが埋められる。

 つまり、2人で1つの観測網を構成できる。


 合理的だ。

 あたしが食堂でシオンと昼を食べる理由。情報交換。合理的。

 問題ない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ