ギルドの反応と、聞く耳を持たない壁
【ギルドの反応と、聞く耳を持たない壁】
翌日、あたしはギルド本部に行った。報告のためだ。
合理的に考えて、個人で抱え込んでも限界がある。爪痕の物証と魔力残滓のデータ、街道の統計、リィナの偵察記録。点と点が繋がり始めている今、ギルドに一度ぶつけてみるべきだ。
無視されるかもしれない。されるだろう。でも、報告した事実を記録に残すことに意味がある。
2階の窓口——依頼受付ではなく、調査報告の窓口だ。普段はほとんど使われていない。埃っぽいカウンターの向こうに、初老の男性職員が座っていた。
「冒険者からの環境異変に関する報告を提出したいのですが」
「はい。……ランクと名前を」
「銅ランク、イグリット=アシェンド」
職員があたしの顔を見た。銅ランクの小柄な少女。報告窓口に自発的に来る冒険者は珍しいのだろう。
あたしは報告書を提出した。
手書きの5枚。街道の魔物出現データ3ヶ月分の集計。自身の3回分の定点観測との照合。ダンジョン第5階の空白区画の偵察記録。爪痕のスケッチと魔力残滓の性質分析。全方位の増加率グラフ。
データには自信がある。アウレクスにいた頃と同じ精度で書いた。
職員が報告書をぱらぱらとめくった。
「……これは、かなり詳細ですね」
「事実に基づいています。検証可能なデータだけで構成しました」
「拝見しますが——ランクの関係で、この種の報告は銀ランク以上の冒険者か、盟約からの提出が優先処理となります。銅ランクの個人報告は——」
「わかっています。優先度が低い。でも、受理はされる」
「ええ。受理はします」
受理はする。処理はしない。アウレクスの時と同じだ。書類は受け取るが、棚に入れて終わり。
「1つだけ。この報告が処理された場合、結果の通知をお願いできますか」
「規定では、報告者への通知は——」
「任意、ですよね。お願いします」
職員は少し困った顔をしたが、頷いた。
まあ、通知は来ないだろう。でも、頼んだ記録は残る。
1階に降りた。掲示板の前を通りかかった時、聞き慣れた声が聞こえた。
「お疲れさまです。荷運び依頼、完了しました」
シオンが受付で報告している。背負い袋が空になっている。荷運び依頼を終えたところだ。報酬を受け取って、丁寧に頭を下げている。
受付嬢が「お疲れさまでした」と笑顔で対応している。シオンは鉄ランクだが、ギルドの受付には好かれているらしい。毎回きちんと挨拶して、報告が丁寧で、トラブルを起こさない。当たり前のことだが、当たり前ができない冒険者が多いのだ。
シオンがこっちに気づいた。
「あ、イグリットさん。依頼ですか?」
「報告。ちょっと——上に用があった」
「上? 2階って——何があるんですか」
「資料室と、報告窓口」
シオンが不思議そうな顔をした。2階に行く冒険者がいること自体を知らなかったのだろう。鉄ランクの日常には関係のない場所だ。
「お昼、まだですか? よかったら——食堂で一緒に」
あたしは一瞬、断ろうとした。
でも——昼飯はどのみち食べる。食堂はギルドの1階にある。1人で食べても2人で食べても、摂取カロリーは同じだ。
合理的に、差がない。
「……いいよ」
ギルドの食堂は冒険者で賑わっていた。昼時だ。安いが量がある、下層の飯。あたしは定食、シオンも定食。500レイド。
向かい合って座った。シオンが「いただきます」と手を合わせてから食べ始める。律儀だ。
あたしは黙って肉にかじりついた。いつもの味。粗挽き黒胡椒。脂の焦げた端。
「イグリットさん」
「ん」
「最近、ギルドの掲示板で——護衛依頼や討伐依頼が増えてる気がするんです」
あたしの手が止まった。3度目——いや、もう数えるのはやめよう。
「どういう意味?」
「街道の護衛依頼の報酬が、少し上がってます。2ヶ月前は1日1000レイドが相場だったのに、今は1200レイド出してる依頼がある。それと、近郊の村からの害獣駆除依頼が先月の倍以上出てます」
シオンが手帳を開いた。——掲示板の依頼を記録している。
護衛依頼の報酬推移。討伐依頼の件数推移。きちんと日付入りで。
「これ——あなたが記録したの?」
「はい。毎日ギルドに来るので、ついでに。何かの役に立つかなと思って」
あたしはシオンの手帳を覗き込んだ。
あたしのデータは魔物の出現頻度。シオンのデータは依頼市場の変動。視点が違う。でも、同じ現象の別の断面を捉えている。
魔物が増える → 護衛の需要が増える → 報酬相場が上がる。害獣被害が増える → 駆除依頼が増える。経済の動きが、異変を映している。
あたしは気づかなかった。数字しか見ていなかったから。依頼市場の動向は、あたしの観測範囲の外だった。
シオンは数字が得意じゃない。でも、毎日掲示板を見ているから、変化に気づく。
「——シオン、これ、すごく有用なデータだよ」
「え、本当ですか? ただメモしてただけなんですけど」
「ただのメモが一番大事。わたしの分析データと合わせれば、異変の進行を経済指標からも追える」
シオンがきょとんとした顔で、それから笑った。太陽。
「じゃあ、続けますね。毎日の記録」
「……うん。続けて」
あたしたちは昼飯を食べながら、手帳を見比べた。
あたしの数字とシオンの記録。2人のデータが重なると、1人では見えなかった線が浮かび上がる。
——これがパートナーの価値だ。
いや。パートナーじゃない。情報提供者。協力関係。ビジネス上の。
肉を噛みながら、あたしは思った。
この少年のデータ収集能力を、もう少し伸ばせば——街道のデータだけでなく、ギルド周辺の情報も継続的に取れる。あたしがダンジョンに潜っている間の空白を、シオンが埋められる。
つまり、2人で1つの観測網を構成できる。
合理的だ。
あたしが食堂でシオンと昼を食べる理由。情報交換。合理的。
問題ない。




