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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


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情報交換と、もう1人の観察者

【情報交換と、もう1人の観察者】


 リィナとの情報交換は、宿の食堂の隅で1時間続いた。


 あたしが出したのは、街道の魔物出現データ3ヶ月分。資料室の集計と、あたし自身の3回分の定点観測。数字を並べて、増加率のカーブを説明した。

 リィナは数字には強くないが、「現場の感覚」で裏付けを出してきた。


「数字で見ると、やっぱりそうか。アタシの体感とも合う。浅層の第4、第5階で、ここ2ヶ月くらい空気が変わってるんだ。魔物の動きが落ち着かない。縄張り争いが増えてる感じ。何かに追い立てられてるような」

「街道と同じ傾向ね。外でも内でも、魔物が『何か』から逃げている」

「で、その『何か』ってのが——第5階の東側の空白区画にいるかもしれないと」

「可能性はある。魔物が特定の区画を避けているなら、そこに彼らが恐れるものがいる。それが深層種なら——」

「深層種が浅層に来てるってことか。まずいな」


 リィナが真顔になった。斥候として、ダンジョン内の異変は死活問題だ。偵察中に深層種に遭遇したら、銅ランクでは対処不能。逃げるしかない。


「ギルドには報告した?」

「していない。データだけじゃ相手にされない。元金ランクの報告書が握り潰された前科がある」

「——前科、ね」


 リィナがあたしの顔をじっと見た。何かを察した目だ。深く聞いてこなかったのは、斥候の礼儀か。


「じゃあさ、現物を見ればいい」

「現物」

「第5階の空白区画に行って、何がいるか確認する。アタシが偵察して、あんたが分析する。2人なら——」

「わたしは銅ランク。第5階は入れる」

「斥候と魔道士の2人組なら効率もいい。アタシが先行偵察して、あんたが火力と分析。悪くないだろ」


 パーティを組むということだ。あたしは基本的にソロだ。ソロの方が効率がいい。他人と行動を合わせるコストが——。


「別に盟約を組もうってんじゃない。1回限りの協力。依頼扱いにもしなくていい。ただの——」

「ただの?」

「好奇心。アタシも気になってんだよ、あの空白区画。1人で行くのは馬鹿だから、2人で行きたい。それだけ」


 合理的だ。1人で未知の脅威を偵察するのは危険。2人なら片方が囮で片方が離脱。斥候の機動力と魔道士の火力は補完関係にある。

 嫌いな提案じゃない。


「……いつ」

「明後日の午前中。浅層は午前の方が魔物の活性が低い。知ってるだろうけど」


 知っている。午前の浅層は夜行性の魔物が休んでいるので、昼間より安全だ。


「わかった。明後日の朝、ダンジョン入口で」

「決まりだ」


 リィナが手を差し出した。握手。冒険者同士の契約の形。

 あたしはその手を取った。硬い手だ。シオンの手とは違う。ナイフのタコ。斥候の手。


「もう1つ聞いていいか」

「何」

「あの鉄ランクの兄ちゃんには、この話は?」

「関係ない。シオンはダンジョンには潜らない」

「シオンって言うのか。ファーストネームで呼んでるんだ」


 あたしは一瞬黙った。いつからファーストネームで呼んでいたか。最初は「あなた」だった。いつ「シオン」になったのか。

 ——依頼主の名前を呼ぶのは普通のことだ。業務上の必要性。


「名前で呼ぶのは効率がいいから」

「はいはい。効率ね」


 リィナが立ち上がった。ビール代を置いて、ひらひらと手を振る。


「明後日な。遅刻すんなよ」

「するわけない」


 リィナが出ていった後、あたしは1人でスープの残りをすすった。

 新しい変数が増えた。リィナという名前の。斥候。情報通。観察力がある。正面から来る。裏がない——ように見えるが、裏がないように見せるのが上手い可能性もある。

 でも、嘘をついている目ではなかった。シオンと同じ種類の——いや、違う。シオンは善意で動く。リィナは好奇心で動く。動機が違うだけで、嘘がない点は同じだ。

 あたしの周りに、嘘をつかない人間が増えている。アウレクスにいた頃とは正反対だ。


 宿に戻って、ベッドに寝転がった。

 明後日、ダンジョン第5階の偵察。リィナとの初めてのパーティ行動。

 その前に——明日、シオンと市場でまた会うかもしれない。偶然。


 偶然が多い街だ。下層は狭いから。


 目を閉じた。

 左手の指輪が、暗闇の中でかすかに重い。いつものことだ。夜になると、指輪の重さを意識しやすくなる。日中は気にならないのに。

 昼間は魔力制御に集中しているから、指輪の存在を忘れていられる。夜、リラックスすると——制御が少し緩む。緩むと、指輪の下に抑え込まれている魔力が、ほんの少しだけ圧を主張する。

 8年間、この指輪と一緒に眠ってきた。慣れている。慣れているはずなのに、たまに——嵌める前の感覚を、身体が思い出そうとする。


 制限のなかった頃。

 あの頃のことは——考えない方がいい。


 明後日のことだけ考えよう。第5階。空白区画。何がいるのか。

 データが要る。常に、データが要る。

 あたしは考えることで、考えたくないことから逃げる。


 ……それも、合理的な戦略の1つだ。


毎日更新継続中。明日も同時刻に。


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