安宿の食堂と、銅ランクの女
【安宿の食堂と、銅ランクの女】
その日の夕方、宿の食堂で晩飯を食べていたら——絡まれた。
「なあ嬢ちゃん、その席空いてるか」
カウンターの隣に、女が座った。聞く前に座っている。あたしの返事を待つ気がない。
銅ランクの冒険者だ。ギルド証がベルトにぶら下がっている。年は20代前半くらい。短い赤毛を後ろで雑に結んでいる。革鎧の上から薄いマントを羽織った、軽装の斥候系。腰にショートソードが2本。両利きか。
目つきが鋭い——が、酔っ払いの絡みではなく、品定めの目だ。
「嬢ちゃん、最近ゴルドの店にいい素材持ち込んでるって?」
「……誰」
「リィナ。銅ランクの斥候。ゴルドの常連」
リィナと名乗った女が、定食を注文しながら続けた。
「ゴルドが言ってたんだよ。『最近、外傷なしの街道素材を持ってくるガキがいる』って。ガキって言ったのはゴルドな。アタシじゃない」
「……で?」
「で、興味があって。外傷なしで仕留めるって、魔法だろ? しかも街道の魔物。ダンジョンじゃなくて外の。護衛依頼か何かか?」
情報が早い。素材屋のネットワークは冒険者の噂より速い。品質の良い素材を持ち込む人間は、商売相手として重要だから。
「答える義理は」
「ないな。でも、聞くだけタダだろ」
リィナがにやりと笑った。悪意のない、陽気な笑い方。あたしが苦手なタイプ——いや、苦手というほどでもない。距離感が近いだけだ。
「1つ聞いていい?」
「何」
「あんた、元金ランクだろ」
あたしの手が止まった。
「ゴルドの目利きに引っかかるレベルの素材処理。銅ランクで浅層しか入れないのに、街道の素材を月イチで大量に持ち込む。腕の刻印の数値は銅にしちゃ高すぎる。——足し算すれば答えは出る」
斥候の観察力。この女、見た目の陽気さに反して、目がいい。
「……だったら?」
「別に。ただの好奇心。この階層にいる銅ランクで、あんたみたいなのは珍しいから」
リィナが定食にかじりついた。肉を豪快に頬張りながら、
「アタシも銅ランクだけど、元々の銅。生まれも育ちも下層。上から落ちてきたエリートとは違う。でもまあ、同じランクなんだから仲良くしようぜ」
あたしは仲良くする予定はなかったが、リィナは勝手に隣で喋り続けた。
斥候の仕事。ダンジョン浅層でのパーティプレイ。最近の依頼市場。下層の素材屋の相場事情。情報量が多い。しかも正確だ。この女、喋りながら情報交換をしている。無駄話に見せかけて、あたしの反応から情報を引き出そうとしている。
斥候の習性だ。情報が武器の職業。
「そういえば」
リィナが肉を飲み込んで、ビールを一口。
「あんた、鉄ランクの兄ちゃんと一緒に護衛依頼やってるだろ。荷車の」
「……なんで知ってるの」
「ギルドの受付で見た。銅と鉄の組み合わせは珍しいからさ、目に残ったんだよ。で——あの兄ちゃん、なかなか面白いな」
「面白い?」
「鉄ランクで2年、護衛依頼を自力で出してる。普通、鉄で2年もやってたら辞めてる。辞めないで街道を走り続けてる根性は、大したもんだ」
あたしは少し意外だった。リィナのような——実力主義に見える冒険者が、シオンの「根性」を評価するとは。
「アタシは単独行動が多いけどな、たまにパーティ組むこともある。斥候は1人じゃ戦力が足りないから。でも——固定の相棒ってのは、ちょっと羨ましい」
「相棒じゃない。依頼主と受注者」
「へえ。月イチで同じ依頼を受けて、市場で一緒に買い物して、それで依頼関係ねえ」
市場のことまで知っている。今朝のだ。この女、朝の市場にもいたのか。斥候の観察範囲が広すぎる。
「……それは偶然」
「偶然ね。じゃあ偶然ってことでいいや」
リィナが笑った。からかっているが、悪意はない。あたしのことを値踏みしているのでもない。純粋に面白がっている。
——面倒な人間が増えた。
「アタシの方も1つ情報をやるよ。タダで」
「いらない」
「いらなくても聞いとけ。——最近、浅層の第5階で変な話がある。いつもの魔物が、特定のエリアを避けてるんだ。まるで何かを怖がってるみたいに。アタシは斥候だから気配の変化には敏感でさ。何か——嫌な感じがする」
あたしの手が止まった。2度目だ。
「第5階。魔物が避けてる区画がある?」
「ああ。先週と今週で2回確認した。同じ場所。東側の分岐路の先。普段は角ネズミの巣があるんだが、もぬけの殻になってた」
東側。ダンジョンの東側は——東街道の方角だ。偶然か。
「リィナ。それ、もう少し詳しく聞ける?」
「お。興味出てきたか」
「……取引しよう。わたしも情報を出す。街道の魔物分布に関するデータ。交換でどう」
リィナの目が光った。斥候の目だ。
「いいね。アタシ好みの取引だ」
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