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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


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定期便と、名前のない習慣

【定期便と、名前のない習慣】


 帰り道は、前回と同じように静かだった。


 行きに掃除した分、魔物の縄張りに空白ができている。帰路で遭遇したのは角猪1体だけ。あたしが片手間で処理して、シオンが牙を回収した。85点。過去最高。


「良くなってる」

「本当ですか」

「本当。牙の根元、前より綺麗に切れてる」

「イグリットさんの『15度以内』を意識したら、うまくいきました」


 あたしが教えたのは角度の話だけだ。力の入れ方、ナイフの持ち方、切り始めの位置——全部シオンが自分で試行錯誤して見つけたのだろう。教わったことを丸暗記するんじゃなく、原理を理解して自分なりに応用する。

 それができる人間は、実は多くない。


「次はもっと綺麗にやります」

「欲を言えば角の回収もそろそろ——」

「角、やらせてもらえるんですか」

「次の次くらいに。牙が90点安定してからね」

「——はい!」


 「次の次」と、あたしは言った。

 つまり3回目がある前提で話している。いつの間にか。

 まあ、データ収集のためだ。3回目の往復で、3ヶ月分の推移データが揃う。それは合理的に必要なことだ。


 空の荷車が軽い音を立てている。帰路の定番の音。夕暮れの街道。オレンジ色の空。長い影が2つ。

 前回と同じ景色だ。でも、同じ景色を2回見ると、そこに「前回の記憶」が重なる。初めて見た時は「綺麗だな」と思っただけの風景が、2回目には「ああ、前もここでこういう色だった」になる。

 記憶の蓄積。データの上書きじゃなく、追記。同じ場所に、違う時間の層が重なっていく。


「イグリットさん」

「ん」

「来月も、依頼を出していいですか」


 前回と同じ質問だ。でも、声のトーンが少し違う。前回は遠慮がちだった。今回は——まだ控えめだが、前回より自然に聞いている。


「出せばいい」

「受けてもらえますか」

「掲示板に貼ってあれば、検討する」


 前回と同じ答えだ。検討する。確約はしない。

 でも——前回は「来月になれば状況が変わっている可能性もある」と考えていた。今回はそれを考えなかった。


 来月もこの街道を歩くことが、あたしの計画の中に最初から組み込まれている。護衛報酬と素材売却益。月の収支計画の中に、この2日間が当然のように入っている。

 いつからだろう。「検討する」と言いながら、検討する前に答えが決まっている。


 ——まあ、データ収集の継続性は重要だ。定点観測は同じ観測者が同じルートを歩くことに意味がある。合理的だ。


「トルテばあちゃんのおやつ、今回はなんだろう」


 シオンが包みを開けた。中身は——干し果物入りのパウンドケーキだった。しっとりとした生地に、干し葡萄とオレンジピールが散らしてある。

 一切れ齧った。バターの風味が口に広がって、干し葡萄の甘酸っぱさが追いかけてくる。生地がしっとりと舌にまとわりついて、噛むたびにオレンジの香りがふわりと抜ける。

 前回のクルミのクッキーも美味かったが、これは——違うベクトルで美味い。


「イグリットさん、来月はトルテさんに何がいいかリクエストしておきましょうか」

「別に。何でもいい」

「じゃあ僕が選んでおきます。イグリットさん、甘いもの好きですよね」

「好きとは言ってない」

「でも、毎回完食してますよね」


 ……反論できない。事実だ。


「栄養補給として合理的だから食べてるだけ」

「はい。合理的ですよね」


 シオンの声に、微かな笑みが混じっていた。あたしの「合理的」を真に受けているのか、流しているのか。最近、判別がつかなくなってきた。

 この少年、あたしの言い訳のパターンを学習し始めている。面倒な成長だ。


 翌朝、エルドヴァレスの東門が見えた。


 前回と同じ場所で、シオンが荷車を止めた。空っぽの荷車。護衛報酬の革袋。1000レイド。

 やりとりが、もう型になっている。


「ありがとうございました」

「契約通りの仕事をしただけ」


 前回と同じ台詞。でもシオンは笑った。あたしがこう言うことを知っていて、それでも言う。あたしも、シオンが「ありがとう」を言うことを知っていて、それでも「契約通り」と返す。

 繰り返しの中に、少しだけ余白ができた。前回は事務的だった台詞が、今回は——なんだろう。台本を読む役者が、2回目の公演で間の取り方を掴んだような。


「来月」

「はい。出したら——」

「掲示板、見ておく」


 「検討する」ではなく「見ておく」と言った。自分で気づいた。微妙な差だが——シオンも気づいたのか、笑顔が少し大きくなった。


「お疲れさまでした」

「ん。——あなたも」


 シオンが手を振った。あたしは軽く頷いて、背を向けた。

 ゴルドの店に向かう。素材を売る。今回の売却見込みは11000レイド以上。前回を超える。

 それから資料室に行って、今回のデータを整理する。前回との比較表を作る。傾向を分析する。


 日常。

 銅ランクの日常の中に、月に1回、2日間の街道が組み込まれている。

 定期便。あたしとシオンの護衛契約は、「定期便」になりつつある。


 ——定期便という言葉は、あたしが使い始めたんじゃない。ゴルドが言ったのだ。前回素材を持ち込んだ時、「嬢ちゃん、定期便か? 月イチで街道素材が入るなら、買取の枠を確保しとくぞ」と。

 ゴルドにとっては商売の話。あたしにとっても商売の話。

 ただの取引。ただの効率。ただの合理的な日常。


 足取りが軽いのは、2日分の荷物を下ろしたからだ。

 それ以外の理由は——。


 ——まだ、ない。たぶん。


 ポーチの中で、メモ帳が膨らんでいる。2回分のデータ。来月には3回分になる。

 データが増えるほど、見える線が増える。

 この街道を歩き続ける限り。


毎日更新継続中。明日も同時刻に。


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