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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


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焚き火と数字、村と鎌

【焚き火と数字、村と鎌】


 シオンの街道スープは、前回より美味かった。


 干し肉の量が増えている。根菜の切り方が揃っている。香辛料の配分も変えたのか、前回より深みがある。スプーンで掬うたびに、とろりとした液体から干し肉の旨味がじわっと出る。椀の底に沈んだ豆が舌の上で崩れて、コクを加える。

 前回は「やるじゃん」だった。今回は——。


「……美味い」

「ありがとうございます。根菜の切り方を変えてみたんです。火の通りが均一になるように」


 また改善している。この少年は料理にまで学習サイクルを回すのか。


 スープの2杯目をすすりながら、あたしはメモを開いた。


「約束通り、今わかってることを話す」

「はい」


 シオンが姿勢を正した。焚き火を挟んで、あたしのメモに真剣な目を向けている。


「まず数字。前回と今回の比較。角猪——前回の初日5体、今回7体。40%増。岩蜥蜴——前回8体、今回11体。約37%増。どっちもたった1ヶ月で3割以上増えてる」


 シオンの表情が硬くなった。


「さらに、ギルドの資料室で過去3年分のデータを調べた。エルドヴァレスの全方位——東、北、西、南、全部の街道で、3ヶ月前から魔物の出現頻度が加速的に増加してる。東街道だけの問題じゃない」

「全方位、ですか」

「しかも増加率がほぼ均等。まるで中心から何かが押し出されてるように、放射状に広がってる」

「中心——ダンジョン?」


 シオンは馬鹿じゃない。地図を思い浮かべれば、エルドヴァレスの中心にあるのはダンジョンだ。


「たぶん。ダンジョンの内部でも、中層に普段いない種の目撃報告が上がってる。内部と外部で同時に異常が起きてるなら、原因は1つだと考える方が自然」

「その原因って——」

「まだわからない。データが足りない。あと2、3回、この街道のデータを取れば、増加のペースから先の見通しが立てられるかもしれない」


 あと2、3回。つまり、あと2、3ヶ月。護衛依頼を続ける。

 シオンはそれに気づいたのか気づかなかったのか、黙ってあたしの話を聞いていた。


「それと——今日の渓谷。左の崖の上にいた、あれ」

「空気が重かった、あれですか」

「あれの魔力反応は、街道の魔物と質が違う。もっと深い——ダンジョンの深層にいる魔物に近い。あんなのが街道に出てきてるとしたら、状況は思ったより進んでる」


 焚き火がぱちりと爆ぜた。沈黙が落ちた。

 シオンは焚き火を見つめていた。炎が青い目に映っている。前回の夜と同じ構図。でも、その目に浮かんでいるのは穏やかさじゃなく、静かな緊張だった。


「イグリットさん。僕にできることはありますか」

「今は——記録を続けること。あなたの手帳の記録は、あたしのメモと照合できる。同じ道を違う目で見てるから、あたしが気づかないことに気づくかもしれない」

「わかりました。続けます」


 それだけだった。大げさな決意表明はない。「わかりました」と頷いて、手帳にメモを取って、それで終わり。

 この少年は、求められた役割を淡々と受け入れる。その淡々さが——信頼できる。


 あたしは話題を切り上げて、見張りの交代を決めた。前半あたし、後半シオン。前回と同じだ。

 シオンは5分で眠った。前回と同じだ。


 焚き火に薪を足しながら、メモをもう一度見直した。

 角猪7体+岩蜥蜴9体。前回は5体+8体。素材の売却見込みは——11000レイド前後。前回の9000を上回る。

 皮肉だ。異変が進むほど、あたしの収入が増える。危険が金に変わる構造。

 笑えない冗談だ。


 ——翌朝。村に着いた。


「シオンくん! 来たかい!」


 マルタが畑から手を振った。前回と同じだ。でも——マルタの表情に、前回にはなかった疲れが見えた。目の下に薄い隈。


「護衛のお嬢さんも。待ってたよ」


 あたしは「お嬢さん」に反論する気力を使わず、軽く頷いた。2回目ともなると、村の人間のあたしへの態度が「初対面の客」から「シオンくんの連れ」に変わっている。名前すら呼ばれない。「護衛のお嬢さん」。まあ、覚えてもらえてるだけマシか。


 納品はスムーズだった。

 エルサに薬草原料60束を渡した。前回より10束多い。エルサの表情が厳しかった。


「助かるわ、シオンくん。先月からずっと回復薬が足りなくて」

「怪我人が増えてるんですか」

「ええ。結界石の外の畑で——魔物が出るようになったから。軽傷が多いけど、数がね」


 ジグの鍛冶屋に行くと、前回にはなかった光景があった。作業場の隅に、農具に混じって——鎌が3本、立てかけてある。刃がやけに厚い。農業用の鎌じゃない。


「ジグさん、これ——」

「戦闘用の鎌だ。畑仕事の合間に魔物と遭り合うことが増えたんでな。農民に剣は使えねえが、鎌なら手に馴染む」


 ジグが鉱石を受け取りながら、ぶっきらぼうに答えた。


「結界石の更新は」

「来月の予定だ。だが、来月まで待てるかどうか。角猪が結界の境界ギリギリまで来てやがる。今のところ結界は効いてるが——もし効かなくなったら、畑どころの話じゃねえ」


 あたしはメモに書き足した。「村の状況:回復薬不足。結界石の境界まで魔物が接近。農民用の戦闘鎌を鍛冶屋が製作」

 1ヶ月前にはなかった項目だ。


 トルテばあちゃんの雑貨屋では、塩と香辛料の在庫が前回より減っていた。仕入れ頻度を上げないと追いつかなくなっている。シオンの運搬がなければ、この村の物流はもっと早く崩れていただろう。


「シオンや、次も来てくれるかい」


 トルテばあちゃんが、しわくちゃの手でシオンの手を握った。


「はい。必ず来ます」


 シオンの声に、前回よりも力がこもっていた。

 義務感じゃない。この少年は数字を見て「やらなきゃ」と思うタイプじゃない。目の前の人が困っているから動く。それだけだ。

 あたしとは、動く理由が違う。


 集会所で昼食をごちそうになった。今回もトルテばあちゃんの煮込みだ。羊肉と根菜。3日煮込んだ、あの味。

 ——やっぱり美味い。前回と同じ味のはずなのに、なぜか今回の方が美味い気がする。気のせいだ。2回目は1回目の記憶と比較するから、「前も美味かった」という記憶が上乗せされて——。

 考えすぎだ。黙って食べよう。3杯目をよそった。


毎日更新継続中。明日も同時刻に。


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