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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


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2回目の街道と、卵焼きの進化

【2回目の街道と、卵焼きの進化】


 東門に着いたのは、日の出の15分前だった。


 前回は10分前。今回は5分早い。別に張り切っているわけじゃない。昨夜、早く寝すぎて目が覚めただけだ。隣の部屋のいびきが静かだったせいで、いつもより深く眠れた。合理的な理由がちゃんとある。


 シオンは——もういた。

 荷車の横に立って、荷物の最終確認をしている。手帳を開いて、中身と照合。前回と同じ光景だ。でも、荷車の積み方が違う。


「……仕切り、増やした?」


 あたしが声をかけると、シオンが顔を上げた。


「あ、おはようございます、イグリットさん。はい、前回ジグさんに褒められたので、全部の荷物に仕切りを入れました。薬草の箱には緩衝材も二重に」


 前回は鉱石だけだった改善を、全品目に展開している。しかも薬草は二重の緩衝材。エルサに「保管が上手くなった」と言われた経験を、さらに発展させたのか。

 あたしが教えたのは「衝撃を避けろ」の一言だけだ。そこから自分で考えて、試して、フィードバックを受けて、さらに改善する。

 ——学習サイクルが回っている。地味だが、確実に。


「荷物は前回より多い?」

「少しだけ。エルサさんの追加分で、薬草原料が60束になってます。あとは同じです」

「了解。出発しよう」


 東門の向こうに朝焼けの街道が伸びている。前回と同じ景色。低い山並み。草原。朝霧が丘の間に溜まっている。

 でも、前回とは少しだけ空気が違った。あたしの中に「初めて歩く道」の緊張がない。ルートを知っている。地形を知っている。どこに岩場があって、どこで魔物が出やすいか。

 既知の変数で構成された道。予測可能な行程。

 ——効率がいい。2回目は、1回目より必ず効率がいい。


 街道に出て20分。シオンが背負い袋から包みを取り出した。


「朝ごはん、食べながら歩きませんか」

「……作ったの」

「はい。今回は前回と変えてみました」


 包みを開けると——。


 卵焼き。

 ただの卵焼きじゃない。ふわふわに巻かれた厚焼き卵の中に、細かく刻んだ青菜と干し海老が混ぜ込んである。表面がほんのりきつね色に焼けていて、断面は層になった黄色と緑のマーブル模様。出汁の香りがふわりと立ち上る。

 その横に、握り飯が4つ。三角に握られた白飯に、焼き味噌が塗ってある。味噌の焦げた香ばしい匂い。表面がカリッと焼かれていて、一部がこんがりと茶色くなっている。

 さらに、漬物の小袋。歯ごたえのある赤い漬物が数切れ。


 前回はサンドイッチだった。今回は東の島国の調理法で揃えてきた。大陸の東端から海を越えた先にある島国——名前は正確に覚えていないが、そこの食文化が数十年前に交易路経由で広まって、今では下層の食堂でも味噌や漬物が普通に手に入る。


「前回、イグリットさんがスープに胡椒をたっぷりかけてたので——辛いものが好きなのかなと思って、味噌にも唐辛子を少し混ぜてます」


 あたしの食の好みを、1回の食事から観察して、次に反映させてきた。

 ——素材屋で鍛えた目利きは、食材だけじゃなく人間にも効くらしい。


「……もらう」


 握り飯に齧りついた。

 焼き味噌がパリッと割れて、中の白飯がほろりと崩れる。味噌の塩気と甘みが舌に広がった後、唐辛子のピリッとした刺激が追いかけてくる。飯が温かい。出発直前に握ったのだろう。噛むたびに米の甘みが広がって、味噌と混ざり合う。

 卵焼きは——柔らかい。箸がなくても手で持てるくらいしっかり巻いてあるのに、口の中ではふわっと崩れる。出汁の旨味と卵の甘み。干し海老の香ばしさが奥にある。青菜のシャキシャキした食感がアクセントになって、一口ごとに味が変わる。

 漬物を齧った。ポリッと音がする。酸味と辛味が口の中をさっぱりさせて、次の握り飯が進む。無限ループだ。これは危険な食べ物だ。


「卵焼き、うまくできてますか」

「……悪くない」

「よかった。実は3回練習しました」


 3回。この弁当のために3回練習した。報酬1000レイドの依頼の護衛に出す弁当を、3回練習して作った。

 コストに見合わない努力だ。あたしなら絶対にやらない。

 でも、美味い。事実として、美味い。


 2つ目の握り飯に手を伸ばした。合理的に考えて、朝食は歩きながら摂取した方が時間効率がいい。2つ食べるのも、午前中の活動量を考えれば適切なカロリー摂取だ。

 シオンがにこにこしている。あたしが食べるのを見て嬉しそうにする、あの顔。村の人たちと同じ顔。

 前を向いて歩いた。顔を見てると食べるペースが乱れる。


 出発から1時間。

 右手に魔力を灯して、定期的にスキャンする。前回のルートと同じ区間。前回はここまでに角猪が1体出た。

 今回は——。


「止まって」


 魔力探知に引っかかった反応が、3つ。


「角猪。3体。右の丘の裏」

「3体——前回は1体でしたよね、この辺り」

「覚えてるの」

「手帳に書いてあるので」


 シオンが手帳を開いた。「東街道第1区間:角猪1体(出発から50分の地点)」と几帳面な字で記録されている。

 あたしが書いたメモと、シオンの手帳。同じ道の、同じ記録。

 データの照合ができる。


「3体か。増えてる。やっぱり」


 あたしは呟いて、右手を構えた。

 3体の角猪が丘を越えて突進してくる。先頭の1体に地面隆起。体勢を崩したところに衝撃波。2体目は横から来た。軌道を読んで、直前で方向を変える壁を展開。壁にぶつかってよろけた瞬間に、側頭部へ精密射撃。3体目——。


 3体目が荷車に向かった。


「シオン!」


 だが、シオンはもう動いていた。

 前回と同じだ。荷車の前に立って、剣を構えている。手は震えていない。

 角猪が突進してくる。シオンは——避けなかった。剣の腹で突進の軌道をずらした。完璧な受け流しじゃない。力負けして半歩下がった。でも、荷車には触れさせなかった。

 あたしの魔法が角猪の側頭部を打った。沈黙。


 3体。12秒。


「……今の、前より上手くなってない?」

「え? いや、全然——」

「剣で軌道をずらした。前回は力任せに押し返してた。今回はちゃんと角度を使った」


 シオンが目を丸くした。自分では気づいていないらしい。

 2週間で劇的に上達するわけがない。でも、前回の経験を身体が覚えていたのだろう。「力じゃなくて角度の問題」——あたしが素材処理で言ったことを、無意識に剣にも転用している。

 教えたわけじゃない。勝手に応用した。


「素材、回収する。手伝って」

「はい!」


 シオンがナイフを取り出した。牙の抜き方を覚えているか——。


「角度は15度以内ですよね。根元に沿わせて——」


 覚えていた。手つきはまだ粗いが、前回の60点が70点くらいにはなっている。2本目は75点。

 地味な進歩。でも、進歩は進歩だ。


「……まあ、及第点」

「ありがとうございます!」


 あたしはメモに書いた。「第1区間:角猪3体(前回比+2)」。

 シオンも手帳に書いている。同じ数字を、同じ場所で。


 ——前回のデータがあるから、今回の変化がわかる。

 次回があれば、さらに精度が上がる。

 その次があれば、もっと。


 データを取り続ける理由。この街道を歩き続ける理由。全部、合理的に説明できる。

 今は——それでいい。


毎日更新継続中。明日も同時刻に。


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