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「割に合わないので、辞めます。」 ——元金ランクの天才魔道士、全部計算で解決したかったのに計算外の相棒ができました——  作者: わんだ


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素材屋と、9327レイドの朝

【素材屋と、9327レイドの朝】


 翌朝、エルドヴァレスの東門が見えた時、あたしは安堵した。


 谷の稜線に沿って立ち並ぶ建物群。煙突から上がる煙。鍛冶屋の槌音が風に乗って聞こえてくる。下層の雑多な匂いが、朝の空気に混じっている。

 ——帰ってきた。あたしの計算が通用する場所に。


「イグリットさん、2日間ありがとうございました」


 東門の前で、シオンが荷車を止めて頭を下げた。空っぽの荷車がカラカラと音を立てている。


「契約通りの仕事をしただけ」

「はい。でも、ありがとうございました」


 頑固だなこいつ。お礼を言いたいなら報酬を上げてくれた方がよほど嬉しい。

 シオンが革袋を差し出した。護衛報酬、1000レイド。中身を確認して、ポーチにしまう。


「あの、来月の件——」

「15日前後に掲示板に出す。受けるかどうかはその時決める」

「わかりました。出したら——」

「見つけたら検討する。それだけ」


 昨日の帰り道で「次も受ける」と言ったのは事実だ。でも、それはその時の計算に基づいた暫定的な判断であって、確約したわけじゃない。来月になれば状況が変わっている可能性もある。もっと効率のいい依頼が見つかるかもしれない。

 合理的な人間は、1ヶ月先の予定を感情で固定しない。


「じゃあ」

「はい。お疲れさまでした」


 シオンが手を振った。あたしは軽く頷いて、背を向けた。

 さて。仕事だ。


 下層の素材屋は、東門から歩いて10分ほどの場所にある。

 「ゴルドの素材買取」という看板が出た、間口の狭い店だ。ショーウィンドウに魔物の牙や鱗のサンプルが並んでいる。朝一番の客はあたしだけだった。


「いらっしゃい。——おや、見ない顔だね」


 カウンターの奥から出てきたのは、40代くらいの痩せた男だった。エプロンに鱗の粉がこびりついている。鑑定士特有の、値踏みする目であたしを上から下まで見た。


「売りに来た。角猪5体と岩蜥蜴8体。全部ある」

「……全部? 1人で?」


 素材屋——ゴルドがカウンターに身を乗り出した。疑わしそうな顔だ。148センチの童顔が13体分の素材を持ち込めば、そりゃ疑う。

 あたしは背負い袋を開けて、中身をカウンターに並べた。


 角猪の牙10本。角5本。皮5枚。

 岩蜥蜴の鱗——大判48枚、小判32枚。腹鱗16枚。目の結晶8個。


「……」


 ゴルドが黙った。素材を1つずつ手に取り、光に透かし、指で弾き、表面を撫でている。ジグと同じ、職人の目だ。

 あたしは黙って待った。値踏みは好きなだけさせればいい。品質には自信がある。


「嬢ちゃん。これ、全部外傷なしだね」

「当然。素材を傷つけずに仕留めた」

「岩蜥蜴の目の結晶まで無傷ってのは——普通じゃないぞ。こいつを無傷で取り出すには、頭部に衝撃を与えずに仕留めないと——」


 ゴルドがあたしの顔をまじまじと見た。いい加減、子供だと思うのはやめてほしい。


「一括買取で。相場通りでいい」


 ゴルドが算盤を弾いた。パチパチと玉が弾ける音が、静かな店内に響く。

 角猪の牙、A品質で1本420レイド。10本で4200レイド。角は1本640レイドで3200レイド。皮は——と、計算が進む。

 岩蜥蜴の鱗は、ゴルドの査定で相場より1割高かった。「この品質なら上乗せする」と。目の結晶はさらに高値がついた。完品は珍しいらしい。


「合計——9327レイド」


 あたしの暗算は9000レイドだった。327レイドの上振れ。品質加算の分だ。

 悪くない。


「毎度」


 ゴルドが革袋を渡してきた。ずしりと重い。2日分の稼ぎが、手の中に収まっている。


「嬢ちゃん、また来るか?」

「素材があれば」

「うちは品質で値段を変える。状態のいい素材なら、他の店より高く買う。覚えておいてくれ」


 営業トーク半分、本音半分。でも、品質で値段を変える店は下層では珍しい。多くの素材屋は重量買取——状態に関係なくキロいくらで買い叩く。ゴルドの店は、腕のいい冒険者にとっては有利な取引先だ。

 メモしておこう。合理的な判断だ。


 店を出て、ポーチの中身を確認した。

 護衛報酬1000レイド。素材売却9327レイド。合計10327レイド。

 2日間の旅で10327レイド。1日あたり5163レイド。

 銅ランクのソロ依頼を2日こなした場合の想定収入は4000~5000レイド。つまり、シオンの護衛依頼はソロ依頼と同等か、それ以上に効率がいい。


 あたしの判断は正しかった。数字が証明している。

 それ以外のことは——数字に載らないことは、考えなくていい。


 安宿に戻って、荷物を置いた。ベッドのスプリングが盛大に軋む。相変わらずだ。

 窓から見える谷の上層は、朝の光を受けて白く輝いている。あそこに戻りたいとは思わない。ここの方が効率がいい。

 ポーチから精算メモを出して、今月の収支を更新した。アウレクスからの精算金と合わせれば、当面の資金は十分だ。


 ——さて。

 もう1つ、やっておくことがある。


 あたしは安宿を出て、ギルド本部に向かった。

 目的は依頼の受注じゃない。資料室だ。

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