撤退と、明日の到着
【撤退と、明日の到着】
戦闘の後。
あたしたちは、倒した変異種2体の素材を回収した。
ニーヴが、解剖学的な目で、変異種の体を観察した。
「内臓構造、深層種とは別系統。皮膚の組織は——たぶん、これ、フィルター劣化由来の生物。根源エネルギーの直接結晶化やない」
「別系統?」
「深層種は、根源エネルギーを取り込んだ生物の進化形。これは——根源エネルギーが、地下水脈や鉱物層と反応して生まれた、新しい生命体や。組成が違う」
あたしの中で、計算が走った。
深層種以外の変異種——フィルター劣化の影響は、想定より広範囲に及んでいる。
「素材、持ち帰る」
「うちも、組織サンプル欲しい」
「リィナ、外側の見張り、お願い」
「了解」
ニーヴが、変異種の体から、いくつかの組織を、専用の保存液入りの瓶に入れた。
あたしも、爪と皮膚の一部を、別の袋に詰めた。
約20分で、回収完了。
4人で、第5階を出た。
階段を登りながら、シオンが言った。
「変異種、思ったより——倒せましたね」
「想定内。中和剤の効果が大きい」
「ニーヴさん、すごいです」
「うちは仕事しただけや」
ニーヴが、いつものように、無愛想に返した。
でも、その口元が、少しだけ緩んでいた。
ダンジョンの入口を出て、外の空気を吸った。
まだ昼前。3時間程度の戦闘行。
リィナが、ぐっと伸びをした。
「アタシ、装備チェック中に東の通路をもう少し詳しく見ようと思った。次は1体じゃなくて複数引きつけられる」
「次のために、ね」
「うん」
あたしたちは、ギルドに戻った。
報告窓口で、グレイフに簡単な戦闘報告を提出。変異種の存在、戦闘の経過、残存数の推定。
報告の終わりに、グレイフが言った。
「明日、技術顧問が到着する。予定通りだ」
「ミクト=マルヴェルン」
「そうだ。彼が来れば、第5階の恒久封印作業に本格着手できる。準備しておけ」
「了解です」
ギルドを出た。
昼下がりの冒険者街。屋台が並び始めている。焼き肉の匂い。
ニーヴが、ふと、立ち止まった。
「明日、来るんやな。鍛冶師」
「来る」
「うちは初対面の相手とすぐ馴染むタイプやないんやけど」
「あなた、すぐ馴染むタイプ」
「は?」
「リィナとも、すぐ意気投合した」
「あれは、たまたまや」
「たまたまで、3日で家族みたいに溶け込んだ」
ニーヴが、何か言いかけて、止めた。
代わりに、肩を揺らして笑った。
「あんた、たまに辛辣やな」
「事実を言っただけ」
あたしたちは、安宿に戻った。
昼食。シオンが、変異種戦闘で消耗した分を、しっかり補給する料理を作った。
肉のパイ、根菜のサラダ、果物のコンポート。
ニーヴが、3食目の「うっま」を、また口にした。
シオンが、嬉しそうな顔をした。
午後は、各自、明日の準備。
あたしは——午前中の戦闘ノートをまとめた。
変異種の特徴、戦闘パターン、中和剤の効果、シオンの状態、リィナの動き、ニーヴの判断。
全部、記録に残す。
夜。
安宿の窓から、月が出ているのを見た。
明日、4人目が来る。
刻印鍛冶師、ミクト=マルヴェルン。
ニーヴから「鍛冶師の知り合いがおる」と聞いたあの人物。
あたしの指輪を見て、何を言うか。
ミクトの祖父の手記が——指輪と、どう繋がるか。
計算が、もう一段、複雑になる。
でも、計算外の変数が増えることが、悪いことばかりじゃない。
そう思えるようになったのは、ここ数ヶ月の経験から。
あたしは——窓を閉めて、ベッドに横になった。
明日が、また、新しい朝になる。
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